◎ 「災害時でも自分なら何とかできる」という自信を育む

このコラムを書いている時も台風が日本列島を縦断した。各地で警報や避難指示が出されていた。このような状況でも、実際に避難をした方はどれぐらいいただろうか。
過去に浸水などの被害を経験している地域ほど危険を敏感に感じ取り、早めに行動する人が多いと感じる。一方で、大きな災害を経験していない地域では、「今回も大丈夫だろう」と考えてしまう人も少なくないように思う。もちろん、私もその一人である。しかし不思議なのは、多くの人が「大丈夫」と思っている一方で、どこか漠然とした不安も抱えていることだ。便利な時代になったはずなのに、なぜ私たちは不安を感じるのだろう。

以前、若い人に「スマホなしで、駅で待ち合わせができますか」と尋ねたところ、「できません」という答えが返ってきた。昔は駅の伝言板を利用したり、「〇時に改札前」と決めて待ち合わせたりすることが当たり前だった。もちろん、それだけスマホが私たちを助けてくれているということでもある。しかし、その支えが突然なくなったとき、人は思っている以上に無力になるのではないか。
私自身、スマホを壊してしまったことがある。その時、家族に電話をかけようとして気づいた。覚えていたのは自宅の固定電話番号だけ。家族の携帯電話の番号は一つも思い出せなった。「記憶力が落ちた」というより、「記憶する必要がなくなった」のだ。便利さと引き換えに、私たちは少しずつ自分の能力を外部へ預けるようになったのかもしれない。

アウトドアには「観天望気(かんてんぼうき)」という言葉がある。雲や風、空の色、鳥や虫の動きなどから天気を予測する昔ながらの知恵だ。今では天気予報アプリを開けばすぐに答えがわかる。しかし、アウトドアでは空を見上げることが安全につながる場面も少なくない。雲の高さや風向きの変化に気づくことで、雨を避けたり、危険を回避できたりすることがある。便利な道具は素晴らしいが、それは自分の能力を不要にするものではなく、自分の能力を補うための道具であってほしい。
私は普段、子どもたちや大人を対象にアウトドアスクールを行っている。その中で火おこしやロープワーク、自然観察などを体験してもらうことがある。すると、参加者から「最初は不安でしたが、こんなこと、自分にもできるんですね」という言葉をよく聞く。私は、その一言がとても好きだ。火をおこせるようになることが目的ではない。ロープが結べるようになることが目的でもない。「やればできる」という感覚を持ち帰ってもらうことこそ、一番大切だと思っている。

だから、私は時々キャンプへ行く。火をおこし、空を見上げ、風を感じる。地図を広げて現在地を確認し、天気予報を見る前に空の様子を眺めてみる。便利な道具を使わないためではない。便利な道具を正しく使うために、自分自身の感覚も忘れないようにしたいからだ。アウトドアは「不便を楽しむ遊び」だと言われることがある。だが、私は少し違う考えを持っている。アウトドアとは、不便を通して、自分の力を思い出す時間なのではないだろうか。
防災とは防災用品をそろえることだけではない。「自分なら何とかできる」――そんな自信を育てることも、防災の一つなのだと思う。

学業修了後はエネルギー関連の製造会社に入社し、30年以上にわたって勤務する。55歳を迎えて新しい道を模索。もともと趣味で活動していたアウトドア分野で起業することを決意し、イナウトドア(同)を立ち上げた。現在は、オリジナルアウトドアグッズの開発や、サバイバル教室などの展開、自然保護のボランティア活動に注力している。
・NCAJ認定 キャンプインストラクター
・JBS認定 ブッシュクラフトインストラクター
・日赤救急法救急員他
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