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「うまく適応できません」の中身

 
 今も昔も3月、あるいは4月の頭というのは人事異動の季節である。
 職場が異動になる人だけでなく、上司が異動してきた、新入社員が入ってきたなど、ほとんどの人にとって、なんらかの形で新しい職場になるわけだし、それに上手に適応できるかどうかは、ビジネスパーソンにとって重要なテーマといえる。
 さて、“上手に適応” と書いたが、最近は適応がうまくいかない人が問題になっている。精神医学の世界では 「適応障害」 と呼ばれるもので、何らかのストレス因子があるときに、それが人並み外れてつらかったり、あるいは、それによって仕事ができなくなったりするが、その因子がないときは症状がないという心の病である。
 医学的な書き方をするからわかりにくいかもしれないが、要するに、職場の人間関係がうまくいかないとか、仕事が自分に合わないとか、嫌な上司や部下がいるとかいう場合 (これらがストレス因子である)、それで実際に体調が悪くなったり、つらくて仕方なくなったり、最終的には休職、退職ということになってしまうのだが、家に帰るとけろっとして、食欲も落ちないし、ゲームなどの好きなことができるというわけである。
 これは 「新型うつ病」 などとも呼ばれ、なまけ病のように言う人もいるが、本人は周囲から見る以上につらいようで、自殺する人までいるので、精神医学の世界では病気として扱う。
 
 

悲観と楽観の“とりかえばや物語”

 
 さて、この適応障害の治療だが、あまりうつ病の薬が効かないケースが多いので、認知療法というものが行われることが多い。
 認知療法とは、「職場そのものを変えることができないのなら、職場に対するものの見方を変えよう」 という考え方だ。この適応障害という言葉は、雅子妃の病名として世間に広まったが、主治医の大野裕先生は日本における認知療法の大家の一人である。皇室の環境を変えることが難しいので、その見方を変えていただけることを期待して選ばれたという説が強い。
 たとえば、上司がガミガミとうるさい人の場合、「俺にだけ意地悪でやっている」 というものの見方をしていた人が、「自分に期待してやっているんだ」 と思えるようになると、上司の叱責も叱咤激励のように聞こえて、不快な気分もかなり楽になるだろう。うつ病の認知療法にしても、当初は悲観的な認知を楽観的な認知に変えようというものだった。
 
 

知的な対処――「グレーにする」

 
 とはいえ、現実には、そう簡単にものの見方が変わるわけではない。よほどのことがない限り、嫌な人がいい人に見えることはない。ただ、それが難しいことがわかってくると、別の戦略が取られる。
 それは、決めつけでなく、いろいろな可能性を考えられるようにすることだ。
 たとえば、「上司が悪意で厳しいことを言っている」 という見方をしている人がいた際に、「あなたのことを期待しているから、厳しく当たるんだ」 と言われても、「あなたはわかっていない」 と反発されるかもしれない。しかし、「確かに嫌がらせでやっているかもしれないが、期待しているかもしれないし、そのまた上の上司の指示かもしれない」 というふうに、いくつもの可能性を示唆すれば、全部違うとは反論できないだろう。そして、「上司の本音なんかわからないんだから、もうしばらくつきあってみてから、辞めるかどうか考えてみたら?」 というような形で、穏当な判断にもっていくのだ。
 あるいは、「味方でなければ敵」 という二分割思考で人のことを判断するケースでも、「味方でも批判することはあるし、完全な味方や完全な敵などそういるわけではない」 とグレーを認めさせられれば、嫌でたまらなかったものも少しは楽に感じることができる。
 
 このように、「人間というのは、不安なときや落ち込んでいるときは、激しい決めつけをしてしまって他の可能性が見えなくなっていたり、味方でない人間をイコール全部敵と考えて絶望したりしやすい」 というのが認知療法の考え方である。その前提を立てたうえで、ものの見方をちょっと柔らかくすると、いろいろなシチュエーションにも適応しやすくなるし、判断が感情に振り回されにくくなり、妥当なものになってくる。これによって仕事の能力も上げられるのである。
 
 テレビに出てくる人たちは賢そうに見えるが、決めつけが激しい。これは彼らと一緒にテレビに出演することも多い自分の経験からもそう言える。ビジネスパーソンたる者、意見のシャープさやマッチョさより、柔軟性のほうが、実社会では強いことを心しておくべし。
 
 
 
 
 心理学で仕事に強くなる ~和田秀樹のビジネス脳コトハジメ~
vol.4 新しい環境にどう適応するか

 執筆者プロフィール  

和田秀樹 Hideki Wada

臨床心理学者

 経 歴  

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、アメリカ、カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科を経て、国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学専攻)。2007年、劇映画初監督作品『受験のシンデレラ』でモナコ国際映画祭最優秀作品賞受賞。2012年、第二回作品『「わたし」の人生』公開。主な著書に『マザコン男は買いである』(祥伝社新書)、『「あれこれ考えて動けない」をやめる9つの習慣』(大和書房)、『人生の軌道修正』(新潮新書)、『定年後の勉強法』(ちくま新書)、『痛快!心理学 入門編、実践編』(集英社文庫)、『心と向き合う 臨床心理学』(朝日新聞社)、『最強の子育て思考法』(創英社/三省堂書店)、『大人のための勉強法』(PHP新書)、『自己愛の構造』(講談社選書メチエ)、『悩み方の作法』『脳科学より心理学』(ディスカバー21携書)など多数。

 オフィシャルホームページ 

http://www.hidekiwada.com

 
 
 
 

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