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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

 
「新本格ミステリ」の嚆矢と言われている綾辻さん。新本格を背負っているというプレッシャーを感じることはなかったのだろうか。
 
 

「したたかな自然体」であること

 
過度なプレッシャーを感じることは、実はさほどなかったんです。同じ京大の推理小説研究会出身の後輩作家・法月綸太郎さんから、かつて「綾辻さんは“したたかな自然体”ですよね」と言われたことがあります。新本格のトップバッターだとか新本格を背負うとか、そんな大それたことはあまり深く考えずに、「無邪気に遊ぶ」というスタンスを保持し続けていたように思います。
 
ただし、長くこの仕事を続けていくにつれて、「したたかな自然体」であることがだんだん難しくなってくるのも確かです。僕はね、あんまり「成長」したくないんですよ。成長や成熟というものから、できれば遠いところにいたい人間なんです。ずっと「未熟」のまま、無邪気にミステリを書き続ける、というのが理想だった。ところが、年齢とキャリアを重ねるに従ってどうしても、自分の書く小説に「意味」や「意義」、「価値」を見出したくなってきてしまう。
 
若いころは、例えば「こんな荒唐無稽なお話を書いて、何の意味があるの?」と突っ込まれたとしても、「別に意味なんていらないでしょ」と即答することができました。けれども歳をとるとどうしても、「意味や意義のあるもの」を書かねば、という気持ちが出てくる。ところが自分には、その「気持ち」が何だか無粋なものに思えたりもして・・・だから、ある時期からはかなり意識的に、自分の小説によけいな「意味づけ」をしない努力をしてきたように思います。そうしないと、「無邪気に遊ぶ」という基本スタンスが保てなくなりそうだったから。
 
 
綾辻さんの言う「無邪気に遊ぶ」とは、どんなスタンスであるのだろうか。具体的に聞いてみると、綾辻さんにとっては「無邪気である」ということが、執筆するうえで重要な意味を持つことがわかった。
 
 

「嘘」を書くことが仕事

 
歳をとり、キャリアを重ねてもなお無邪気であり続ける。これが実はけっこう難しいことなんですが、何とか今でも、それをキープできていると思います。「無邪気さ」の中身を単純に言ってしまうと、例えば「こんな仕掛けをしたら、読者はきっとびっくりするだろうな」という、子どもっぽいイタズラ心とか(笑)。読者をびっくりさせたい、驚かせたい、という思いが、どうやら僕の中ではいまだに大きなモチベーションになっているようです。
 
新しい作品をとりかかるときに「これはびっくりさせられるぞ」という仕掛けやトリックを思いつくと、読んだ人が驚く反応を想像して、たいへん気分が盛り上がります(笑)。こういったところがまあ、ミステリ作家という仕事の魅力の一つですね。あとは・・・そう、誰にも迷惑をかけない仕事である、ということかな。
 
推理小説作家は「嘘」を書くことが仕事。「嘘」と言うと一般的に良いイメージがないものですが、僕たちが書く「嘘」は読者の皆さんを楽しませるための「嘘」です。自分がおもしろい作品を書こうと努力すれば、その分皆さんに楽しんでもらえる。結果としてそれが収入につながるわけですから、他人を不幸にしない良い仕事だなあと思うわけです。