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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

プロフィール 1975年7月5日生まれ。4歳でラケットを握り、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位に。17歳でプロに転向し、グランドスラムで4度のダブルス優勝を経験(2000年全米オープン / 2000年全米オープン[混合] / 2003年全仏オープン / 2003年ウィンブルドン)。グランドスラムの連続出場62回の世界記録を樹立し、オリンピックには4度出場した。最高世界ランクはシングルス8位、ダブルス1位。国際公式戦勝利数はシングルス492勝、ダブルス566勝。公式戦通算1772試合。2009年10月現役を引退。2010年第一回ユースオリンピックでは日本人で唯一のロールアスリートモデルに任命される。2011年にはジュニア育成プロジェクト 「Road to Grand Slam」 を始動。スポーツキャスターやクリニークのCBO(チーフ・ビューティー・オフィサー)など多方面で活躍。

 
 
 
杉山愛―― テニスに詳しくない人でも名前は知っているであろう、世界的な元テニスプレーヤーだ。2009年に現役を引退してからも、選手時代そのままの爽やかな魅力とスマイルで様々なテレビ番組に出演し、コメンテーターなどとしてさらに認知されてきている。
しかし、華やかなスター街道を歩んできたと見える彼女だが、現役時代には大きな挫折も経験した。周囲の期待とプレッシャーが高まる中での活躍と栄光、そして挫折と苦悩。彼女の軌跡を追っていくうちに見えてきたのは 「困難を乗り越える」 ということへのヒントだった。“挑戦者” としての生き方に彩られた、その現役時代を振り返りながら、テニスの女王が辿りついた 「乗り越える力」 の境地を探ってみたい。まずは彼女のスタート地点に時間を巻き戻してもらいつつ、話を聞いた。
 
 
 

テニスの練習そのものが好きだった

 
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 私がテニスを始めたのは4歳の頃です。子供の頃はとにかく体を動かすことが好きで、体操やフィギュアスケート、クラシックバレエといろんなスポーツをやっていました。5-6歳でテニススクールに通うようになるとテニスに没頭し始めて、小学校2年生のときに本格的なテニスアカデミーに通うようになったんです。アカデミーでの練習は週に4-5回あったので、だんだん他のお稽古事を絞ってテニスに集中するようになっていました。
 当時はテニスの練習そのものが好きでしたね。ボールを打つ瞬間の音を聞いて爽快な気持ちになったり、ラリーがつながっていくことで充実感を感じたり。どちらかというと、技術を向上させるというよりは、今思うと 「皆でやっている練習を楽しみに行く」 というスタンスでした。ただ、選手コースという育成主体のコースに在籍していたこともあって、いずれプロになるんだろうという漠然とした道筋は感じていました。プロのテニスプレーヤーというのがどんなものか、その生活がどんなものか、その頃はまだ全然わかっていませんでしたけれども(笑)。
 
 

杉山氏は 「子供の頃から極端な負けず嫌いだった」 と自身を振り返る。アスリートには負けず嫌いな選手は少なくないが、どうやら彼女の場合はそれに輪をかけて勝利への意欲が強かったようだ。

 

負けず嫌いゆえの蕁麻疹事件

 
 テニスの試合はトーナメント制が多いですから、優勝しない限りは必ずどこかで負けるわけです。特にシングルスは、大勢の選手が参加する中で、完全勝利で大会を終えることができる選手はたった一人しかいないわけです。当然、まだ実力が伴わないうちは優勝に手が届かないので、どうしても毎回負けて終わりになる。そのたびに、私は必ずと言っていいほど泣いていたんですよね。「優勝できるように頑張ろう」 という気持ちになる前に、ただただ負けることが悔しくて悔しくて、仕方がなかった。「負けるのは嫌だ!」 という気持ちが強すぎて、試合をするたびに泣いていました。
 
 
 
 

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