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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

確かな技術と柔軟な体制 若手が伸びる溶接工場!
Alloy溶接 代表 濱添秀次

 
プロフィール 大阪府出身。十代の頃からものづくりが好きだったことから、後の義兄である友人が手がけるサーフボード工場に勤務し、仕上げの工程を担当。25歳を過ぎた頃からより真剣にものづくりの仕事と向き合うようになり、職種は違うが溶接の道へ。技術を磨き続け、2018年、51歳のときに独立を決意。Alloy溶接を創業した。若手スタッフにも恵まれ、優れた技術と柔軟な体制を武器に、企業・個人を問わず多様な依頼に応えている。
 
 
 
51歳で工場を立ち上げ、たちまち数多くの顧客に頼られている溶接職人――それが大阪府八尾市・Alloy(アロイ)溶接の濱添秀次代表だ。高齢化が進む業界で珍しく20代のスタッフが集まる工場は元気いっぱい。大手企業・個人を問わず、医療機器から物干し台までさまざまな依頼に高い技術力で応えるAlloy溶接は、創業9年目を迎え、いよいよ法人化を予定している。新たな未来に踏み出す濱添代表の情熱的な言葉に耳を澄ませた。
 
 
 

50歳を過ぎて大好きな溶接の仕事で独立

 
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インタビュアー 狩野恵輔(野球解説者)
狩野 大阪府八尾市のAlloy溶接さんの工場は、若い職人さんたちが躍動し、活気に満ちあふれていますね! 私は工業高校出身で溶接の資格を持っていますし、鉄や油の匂いが染み込んでいる工場の雰囲気が大好きなんですよ。濱添代表は、どのような経緯で現在の道へ進まれたのでしょう。
 
濱添 子どもの頃からものづくりが好きで、もともとはサーフボード工場に勤務していたんですよ。ただ、若かったのでミナミに繰り出し遊びに夢中になった時期もありまして(笑)。本腰を入れて仕事に取り組むようになったのは25歳の頃です。ちょうどその頃、溶接の仕事に転じ、看板など自分が手がけたものが人の目に触れることに喜びを感じました。
 
狩野 社会に貢献できる溶接は、やりがいがありますよね。
 
濱添 そうですね。この仕事に飛び込んだのは、技術で人の役に立ちたかったというのも大きいです。溶接は奥が深く、失敗すればすべての責任が自分に返ってくる一方で、努力すればするほど確実に技術が高まり積み上がっていきます。その厳しさとおもしろさに惹かれ、溶接で生きる覚悟を決めました。ただ、独立は51歳になった2018年と遅かったんですよ。
 
狩野 濱添代表は現在59歳だそうですね。50歳を超えて起業した理由が気になります!