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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

修理やレンタルにも対応
車に特化した保険代理店

 

自動車販売の営業担当として長く活躍

 
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水野 あらためて神田社長のこれまでの歩みについてお聞きします。先ほど自動車業界に長く携わっていたとおっしゃっていましたよね。最初はどのようなお仕事をなさっていたんですか?
 
神田 私は高校卒業後、日産自動車株式会社に入社し、初めは自動車整備士として勤務していたんです。
 
水野 大手自動車メーカーの整備士さんというと、まさに花形職業ですね。その後のご経歴も教えてください。
 
神田 4年ほど整備士として経験を積んだのち、自動車販売の営業担当を任されることになりました。私は1968年入社で、1972年のことでした。当時は大学卒業時の年齢、つまり22歳頃でなければ営業職に就けない規定があったんですよ。
 
水野 そういう決まりがあったんですね。全然知らなかったです。1970年代というとまさに高度経済成長期の真っただ中で、一般家庭への自動車の普及も進んでいた頃ですよね。
 
神田 おっしゃる通りです。とは言え、車はまだまだ一般的ではありませんでしたから、ご家庭を一軒一軒回って営業しなくてはならなかったんです。新しく革靴を購入しても、靴底がすり減るのに3ヶ月もかからないほどでした。
 
水野 自宅を訪問し続ける地道な営業をしておられたとは、現在では考えられないほど過酷な労働環境だったんですね。神田社長は早くから営業職を志望なさっていたんですか?
 
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神田 私自身は志望していたわけではありませんでした。でも、営業の仕事を続けているうちに、向いているのではないかと思うようになりましたね。結果的に、現在に至るまで営業職を続けていますし、これまで延べ4000台もの自動車の販売を成約させてきました。
 
水野 すごいですね! 4000台もの販売実績とは驚きです!
 
神田 いえいえ、上には上がいるものですよ。中には8000台ほどのセールス実績を上げている方もおられるので、私はそこまで及びません(笑)。
 
水野 いやあ、4000台でも十分すごいと思いますよ。しかも、自動車の取り引きだけでなく保険の契約なども含めて現在に至るまで、現役で営業職を続けておられるのは、本当に感服です!