時代劇俳優として活躍した青年時代

インタビュアー 亀山つとむ(野球解説者)
西尾 はい。27歳まで俳優業をしていました。任侠映画に憧れて、18歳の時に京都の東映俳優養成所に入ったんです。ただ、その頃には任侠映画の流行が終わっていましたけどね(笑)。ですから、主に時代劇に出演していました。有名な作品、『ミナミの帝王』にも出演したことがあるんですよ。
亀山 日本のハリウッドとも言われた京都の撮影所で、俳優としてご活躍されていたとは、すごいご経歴です。
西尾 ありがとうございます。ただ、本業として俳優一本で仕事をしていた時期もありましたが、やはりそれだけでは食べていけず、その間にもトラックドライバーなどいろいろなアルバイトを経験していたんです。それで、27歳くらいのときに俳優としての区切りをつけ、新しいことを始めようと大阪に帰ったんです。
亀山 それが、自動車関係のお仕事だったのでしょうか?
西尾 はい。大の車好きだった私は、自動車に関わる仕事がしたいと思い、3年間ほど資金を貯めました。そしてようやく、ニシオモータースとして外車の販売を手がける会社を起業することができたんです。しかし、リーマンショックのあおりを受けて経営が厳しい状況になってしまいました。