
インタビュアー 濱中治(野球解説者)
有田 私は2人の兄がいる3人兄妹の末っ子で、とても内気で人見知りをする子どもでした。ところが、小学生のときに初めてプレーしたバスケットボールで、先生にシュートがうまいと褒められたんですよ。これがきっかけでバスケを始め、銀行の実業団チームで活躍するまで打ち込むことになりました。
濱中 やはり、人は褒められると伸びるのでしょうね。しかし、前職はまったく別の業界ということですか。建設業界への転身は?
有田 現役を引退した後に、父が創業した弊社に入社し、経理を手伝うようになりました。やがて長兄が2代目となったものの、2012年にその兄が大東市長選挙に出馬し当選したんですよ。社内の混乱を避けるため、私は自ら手を挙げ3代目代表取締役に就任しました。もともと弊社は福祉施設や学校など大型施設の工事を中心にしており、私の代になってからは、女性目線でストレスフリーな動線や間取りを実現する新築・リフォーム工事も手がけるようになりました。
濱中 その路線に進むきっかけは、なんだったのでしょうか。
有田 私自身が子育てを経験し、動線や間取りのことならわかると自信を持ったからです。そして弊社はもう一つ、空き家を再利用した起業家支援も手がけるようになったんですよ。こちらは、兄の選挙の応援で大東市中を走り回るうちに空き家が多いことに気付き、この状況をどうにかしようと決意を固めたことがきっかけです。私は必死に勉強し宅地建物取引士の資格を取り、現在では、空き家をカフェに変えたり古い団地をおしゃれにリノベーションしたりと、さまざまな活用方法をご提案しています。

有田 建設業界は男社会ですから、女であり建設の素人である私は引け目を感じることが多かったですね。しかし、社員の顔色をうかがってばかりいる自分に気付き、もっと信念を持って仕事をしようと考え方が変わりました。特に新型コロナウイルスの影響で施工がストップしている間は、自分に何ができるか模索する時間ができまして。今は新しいことに挑戦する好機と捉え、弊社が進むべき道がはっきりと見えてきたところです。