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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

人との絆を大切にする 義理人情の鳶工事会社
株式会社大作機興 代表取締役社長 髙塚大作

 
プロフィール 神奈川県出身。10歳の頃からボクシングに打ち込むものの、14歳の時に家庭の事情により断念。学校に通いながら土木工事会社で働いた。その後も建設業界で勤務し、19歳で独立して鳶工事の会社を創業。2006年に法人化し、(株)大作機興を設立した。足場や鉄骨の組み立てといった各種鳶工事のほか、大手製鉄会社のプラント内で鍛冶工事を行うなど、さまざまな業務を手がけている。【ホームページ
 
 
 
神奈川県横浜市で鳶工事やプラント工事を手がける株式会社大作機興。代表取締役の髙塚大作氏は幼少の頃よりボクシングに打ち込むものの、家庭の事情により断念。中学生の時から建設業界で働いたという。19歳で起業後は順調に会社を成長させた。笑いの絶えない明るい職場づくりに力を注ぎ、「スタッフは家族。義理と人情を何よりも大切にしている」と語る髙塚社長に、仕事に懸ける思いや自身の信念を聞いた。
 
 
 

ボクシングに打ち込んだ少年時代

 
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インタビュアー 内山高志(元ボクシング世界王者)
内山 神奈川県横浜市を拠点に鳶工事やプラント工事を手がける株式会社大作機興さん。まずは髙塚社長のこれまでの歩みを教えてください。
 
髙塚 もともと私の父が鳶工事の会社を経営していて、一時は50人ものスタッフを抱えるほど順調でした。ところが、バブル崩壊の影響で経営難になってしまったんです。そのような状況で、あまり裕福とは言えない家庭に育った子ども時代でした。そんな時、たまたまテレビで見たボクシングの世界王座戦、薬師寺保栄選手と辰吉丈一郎選手の伝説的な試合に感動しまして。それで、「自分もチャンピオンになる」と決意し、10歳で花形ボクシングジムに入会したんです。
 
内山 小学5年生からボクシングを始めるとは早いですね。当時はどのような暮らしだったんでしょう?
 
髙塚 朝3時半に起きて新聞配達をし、それから小学校に通いました。放課後は15kmの道のりを走ってジムに通い、5時間練習して、また走って帰宅するという日々を送っていましたね。しかし、14歳の時に家庭の事情でボクシングを辞めざるを得なくなり、中学校に通いながら土木工事会社で働いていました。本来であればそのようなことはできないものの、その会社の社長さんが、市の教育委員会にかけ合って特別に許可を得てくださったんです。ちなみに、当時の日給は4000円ほどでした。私が中学を卒業するまで面倒をみてくれた社長さんには、本当に感謝しています。