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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

笑顔と情熱で成長中! 愛知の軽貨物運送会社
Red Phoenix 代表 稲木隆紀

 
プロフィール 愛知県出身。中学時代にバスケットボールで全国大会に出場。高校でも3年連続でインターハイに出場したほか、3年時には国体メンバーにも選出される。卒業後、2社目に就職した大手運送会社でノウハウを蓄積して15年後に独立。軽貨物運送事業を手がけるRed Phoenixを立ち上げた。日本バスケットボール協会公認のE級コーチのライセンス保有者で、バスケの出張指導なども行っている。【ホームページ
 
 
 
愛知県豊明市に拠点を置き、軽貨物運送事業を手がけるRed Phoenix(レッドフェニックス)。代表の稲木隆紀氏は大手運送会社で15年のキャリアを積み独立。再配達の無駄をなくし働きやすい環境を実現するため、企業配送を中心に業務を拡大している。また、稲木代表はバスケットボールのコーチとしても活躍。会社のスタッフにもバスケットの指導をする子どもたちにも、あきらめずチャレンジすることや、ミスをしても失敗から学ぶことの大切さを伝え続けている。
 
 
 

ケガを機に将来を考え独立を決意

 
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インタビュアー 杉田かおる(女優)
杉田 愛知県豊明市で軽貨物運送事業を手がけるRed Phoenixさんにお邪魔しています。稲木代表の歩みから教えてください。
 
稲木 私は高校を卒業して就職した先で、トラックに乗って運転をする業務があったんです。ただ、初任給をもらったときに「たくさん働いたのに、この金額しかもらえないのか」とショックを受けました。しかも、別の会社で働く同級生の女の子が私よりいい給料をもらっていたことを知って、1ヶ月で退職を決めました。そして、大手運送会社でドライバーになったんです。給料はすぐに、その同級生の4倍ほどになりましたよ。
 
杉田 自分で納得できるお給料をもらえる仕事に就けたから、忙しくても充実した毎日だったのでしょうね。
 
稲木 はい。その会社には15年間勤めました。その中で、一度は退社して生命保険の営業をしたり、引っ越し業者で仕事をしたりしていた期間もあります。でも、元の運送会社で働いていた方から「戻って来い」と声をかけていただき、再びお世話になって働くうちに、15年のキャリアになっていたんです。
 
杉田 それだけ続いた仕事なのに、独立を決意したのはどうしてなんですか?
 
稲木 実は大手運送会社に再入社して早々に、アキレス腱を切って半年ほど仕事ができなくなったことがあるんです。その間は、自宅で内職をしながら将来について考えました。そして、組織に属する働き方に違和感を覚えるようになったんです。復帰後も悶々としながら3年ほど会社勤めを続けましたが、自分のことは自分で責任を持つ仕事をしようと独立を決意しました。それで、2016年にこの会社を立ち上げたんです。