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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

ワクワクしていますか?
海外経験を活かした建築

 

海外での経験を地域貢献に活かす使命感

 
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海外で古着のバイヤーとして活躍していた高根沢社長
水野 高根沢社長はアメリカからキャリアをスタートしたとお聞きしました。珍しいですね。
 
高根沢 そうかもしれません。もともとはアメリカでバイク関連の仕事をしたいと思い、23歳で渡米、留学しました。ただ準備不足や予算の問題で断念し、現地で知り合った日本人に紹介された古着のバイヤーの仕事に取り組むことにしたんです。服や音楽が好きだったので挑戦してみると、おもしろくて。そこから約18年、古着バイヤーとして国内で最大13店舗を展開する会社のチーフ・バイヤー、ネゴシエイター、スーパーバイザーを兼任することになりました。アンティーク雑貨や家具の仕入れまで、幅広く手がけましたよ。
 
水野 すごい! お話をお聞きすると、順風満帆だったように感じます。でも、なぜ古着販売のお仕事を辞めてしまったのでしょう。
 
高根沢 私は当時、ヴィンテージの古着を取り扱っていました。ただ、古着という性質上、絶版となってしまった商品の在庫が補充されることはほとんどありません。そのため、需要の高さが供給を上回ることで価格が上昇し、仕入れも難しくなってしまったんです。そのタイミングで古着販売業を辞めることにしました。実は、私にとってやり尽くした感覚がありまして。本音としては、飽きちゃったんです(笑)。
 
水野 えっ!? 飽きちゃって辞められたんですか(笑)。
 
高根沢 そうなんです(笑)。そこで、新しい楽しさを求めて建築業をスタートしました。古着店の店舗デザインも私自身が手がけていたこともあり、空間づくりの奥深さに魅力を感じていたんです。
 
水野 もともと店舗デザインの経験があったのは強みですね。ちなみに高根沢社長が新たなお仕事として最初に携わったのは、どのような案件だったのか気になります。
 
高根沢 最初に手がけたのは、東京都渋谷区の宮益坂にオープンするBARでした。のちに映画『キル・ビル』の試写会後の2次会でハリウッドスターが来店するほど話題になりまして。これは主に海外での生活や体験から得た感覚を、空間デザインに落とし込めた良い例だと思います。また、後にニューヨークで人気のあるインテリア雑誌に掲載されたとの話も聞きました。
 
水野 世界中を飛び回って得たセンスが活きたわけですか。それにしても、ハリウッドスターとは驚きました。とんでもないご経験ですよ! ちなみに東村山市に移ってきたきっかけはなんだったのでしょう?
 
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高根沢 東村山は私の地元なので、地元をもっとおもしろくしたいという思いで戻ってきました。新規でBARを開業されるオーナーと相談して、「お金のことはいいから私の好きにやらせてくれ!」と交渉し、店舗のデザイン、施工まで一括管理で作業させてもらったことがあります。そのお店は当時のやりたいことを詰め込んで、楽しくやらせていただきましたね。その後、そのお店がきっかけとなり地元の方から店舗工事のお仕事をいただけるようになったので、やってよかったなと思っています。
 
水野 「全部任せて」とは、なかなか言えないですよ。すごい挑戦ですね! 地域にこのようなおしゃれでかっこいいデザインのできる建築業者さんがいると、住民のみなさんも頼りがいがあると思います。