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ある車のセールスマンの場合

 
 昔と違って、強力なリーダーシップのようなものが求められる時代になってきたせいか、気の弱い人間がやや肩身が狭い思いをするようになっている。ものが売れない時代であることもあいまって、「気が弱いから営業がうまくいかない」 「気が弱いから交渉ごとで負けてしまう」 と嘆く声も強くなっている気がする。
 
 以前、心理学ビジネスのシンクタンクをやっていたときに、中堅以上の自動車のセールスマンに心理学を学んでもらって営業成績を上げるという、2泊3日の研修を行ったことがある。そのときに知ったことだが (実はある程度予想していたが)、車をたくさん売るセールスマンというのは、必ずしも手八丁口八丁の、いわゆるやり手の人間ではなかった。
 その中で、一人、もともとはメカニックだったのが、子供の教育費を稼ぐためにセールスに転身した人から悩みの相談を受けた。ものすごいあがり症で、人前だとどもることさえあるという。
 とりあえず、立ち話だったので後でゆっくり話を聞こうということになり、その人について他の人から話を聞いてみたのだが、なんと彼は、社内でも1.2を争うトップセールスだった。でも、言われてみたら、何となく納得できた。明らかに人前であがり、おどおどとしてしゃべるしゃべり方でセールスをやられたら、「この人は嘘をつけない人だ」 と思うし、「どうせ売れていないだろうから」 と、同情して買う人もいるだろう。また、メカニック上がりなので、車の故障その他にも詳しいし、買ってくれた客のところにホイホイと尋ねて行ってちょっとした不具合なら直してしまう。こんなにありがたいセールスマンはいない。
 
 その人に、後で話をするときに、「あがり症を改善する心理学のテクニックはないわけではないが、私が思うに、あなたはあがり症を治してしまうと、かえって車が売れなくなる気がするのだが、それでもいいか?」 みたいなことを聞いてみた。そして、私の印象を伝えたのだ。これに本人も納得してくれて、あがり症を治すより、自分の取り柄を磨こうという気になったようだった。
 
 

性格は直すより活かすもの

 
 営業であれ、交渉ごとであれ、気が弱いから成績が悪いと思う前に、肝心の営業能力や、交渉能力がきちんと高められているのかを考えたほうがいい。この人の場合は、営業の際に、気の弱そうな性格が逆に客に好感を持たれていたという点だけに目が向きやすいが、いっぽうで、車のメカに詳しく、またアフターケアのよさがあるから、表面的な人のよさ以外のことも評価されて、リピーターが増えていったという側面も忘れてはいけない。
 
 精神科医の立場から言わせてもらうと、性格を直すのは意外に難しい。しかし、その性格を活かす方法はいくらでもある。前述の弱気の性格の人は、他の人になめられるかもしれないが、客商売の場合は、かえって真面目だと思われやすい。それを知っているだけで、一生懸命さとして活きてくる。逆に、強気のセールスマンは客に敬遠されることもあるのだが、「他のことでは実は弱気なのだが、この商品についてだけは、本当に自信があるから強気でいられるのです」 といったエクスキュースをつけるだけで、商品の信用度が増すかもしれない。
 
 

性格から離れよう

 
 それ以上に、そもそも営業や交渉ごとは性格で決まるという考えを改めたほうがいい。
 営業なら営業の基本的なテクニックもあるだろうし、肝心の商品知識や、あるいは、どのような方略でプレゼンテーションをしていくのか、リピーターを確保するためにどのようなサービスが求められているのかなどを学んだり、努力したりしないと、いくら性格がよくても、そう簡単に客はつかめないし、逆にせっかくつかんだ客も離れていってしまう。
 交渉ごとについても、同様の方法論がある。先々、私なりの方法論を伝えていきたいが、私の方法論がベストだと言うつもりはない。「うまくいきそうな方法論を学ぶ」 という姿勢が大切だ。
 
 ビジネスパーソンたる者、少なくとも現状に満足していないのなら、性格のせいにしている限り、何の解決にもならないことだけは知っておくべし。
 
 
 
 
 心理学で仕事に強くなる ~和田秀樹のビジネス脳コトハジメ~
vol.2 仕事ができないのは性格のせいか?

 執筆者プロフィール  

和田秀樹 Hideki Wada

臨床心理学者

 経 歴  

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、アメリカ、カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科を経て、国際医療福祉大学大学院教授(臨床心理学専攻)。2007年、劇映画初監督作品『受験のシンデレラ』でモナコ国際映画祭最優秀作品賞受賞。2012年、第二回作品『「わたし」の人生』公開。主な著書に『マザコン男は買いである』(祥伝社新書)、『「あれこれ考えて動けない」をやめる9つの習慣』(大和書房)、『人生の軌道修正』(新潮新書)、『定年後の勉強法』(ちくま新書)、『痛快!心理学 入門編、実践編』(集英社文庫)、『心と向き合う 臨床心理学』(朝日新聞社)、『最強の子育て思考法』(創英社/三省堂書店)、『大人のための勉強法』(PHP新書)、『自己愛の構造』(講談社選書メチエ)、『悩み方の作法』『脳科学より心理学』(ディスカバー21携書)など多数。

 オフィシャルホームページ 

http://www.hidekiwada.com/

 
 
 
 

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