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小説はともかく発言は毀誉褒貶相半ば。ネットでの炎上もしょっちゅうの作家といえば、百田尚樹氏が代表格でしょう。本書はその百田氏が鋼のメンタルを持つ秘訣を書きおろした新書。まえがきには、新潮社の名物部長氏にすすめられて本書を書くことになった経緯が紹介されています。
 
それによれば百田氏はときどき暇があるとネットでエゴサーチをかけ、自分の悪口を読んで楽しんでいるそうです。その姿を見たご家族が呆れて「信じられへん。父ちゃんは鋼のメンタルや」と言った一言に部長氏が食いつき、本書が生まれたとのこと。百田氏についてあらかじめ嫌悪がある人なら、中身を読まなくてもこのエピソードだけで十分イラッ! とさせられるのでしょうが、幸いにして評者はその一群から外れています。
 
この「幸い」は、外れているので客観的中立的にこの本の評を書けるということが1つ。そしてもう1つは、著者も本文で書いている通り、メディアは普段から発言の一部を切り取ったり悪意で捻じ曲げたりして非難することがあるから、伝えられる氏の印象もその分、割り引いて受け取るべしというリテラシーを持っている「幸い」です。そして後のほうは、ことさらにリテラシーなどと言わなくても、普通の生活者なら当たり前に持っていたはずの常識だと思うのですが、いかがでしょうか。
 
本書全体を読んで感じるものを一言で表わせば、「生活者の感覚」です。だから上の文も「生活者」という語にこだわりたい。著者は、メンタルの強さなんていうものは皆さんも日々生活していく中で身につけているはずですよ、ということを言いたいのだと思います。以下、百田氏の生活者の感覚が一番よく発揮された一節を本文から。
 
「(バッシングが続いて落ち込んだある時、)普通の人なら“これからは発言に気を付けよう”となるかもしれません。しかし私がその前にしたことは、バッシングによる被害状況を調べることでした」(p27)。
 
そうやって調べた結果、大した実害がないとわかったので、これまで通り言いたいことを言いたいように言うことにしたとのこと。「ほらほら、“普通の人なら”のところで自分は特別と言ってるじゃないか。そういう上から目線が気に食わないんだよ」と非難するのはそれこそメディア的な揚げ足取り。むしろ読み取るべきは、私たちも本当に生活がかかった場面では著者のように「実害はどうか」と考えるじゃないか、ということだと思います。
 
食っていくために、食わせていくために、自分の能力でできることは何か。「普通の生活者が最優先で考えることはそれじゃなかったですか? いつの間にそれ以外のことで潰されるほど高尚な生き物になったんですかあなたは?」――この乱暴な問いかけ(と勇気づけ)が、つづめて言えば、本書が語るメンタルを強くするための全てです。
 
ちなみに、この問いかけで救われない人は本書の読者に想定されていません。「残酷なことを言うようですが、成人してから、会社の上司に叱られたくらいで鬱状態になってしまうような人は、もはや手遅れです。残念ながら、この本を読んでも強くはなれないと思います。生まれた時からまったく運動をしたことなく大人になった人に、いきなり激しいスポーツをさせるのは無理な話です。そういう人は、まずゆっくり歩く練習から始めるべきです。書店には多分そういう本もあるはずです」(p19)
 
なるほど、この人はこういうことを言うから炎上するんだなとよくよく納得しつつ、しかし言っていることはごく真っ当でその通りだと感じるのは、評者だけではないと思います。さらに言えば――こういうところが「一部を切り取る」の問題の分岐点でしょうが――上司に叱られた他にも鬱の要因があった人は、この発言で対象にされていません。著者の定義によるとメンタルが弱いのは「挫折を知らない」「プライドが高い」の2つが主な要因ですが、思うにこの「対象に入っていない/されていない」ことへの耐性が弱いことも要因の1つです。その意味で、むしろ世の中には自分が対象にされていない世界のほうが圧倒的に多いのだ、実社会では大半がそうなのだという現実を知ることも、メンタル強化への道でしょう。
 
でも、それだけでは人として寂しすぎる。小説家デビューにまつわる夫婦のエピソード(p201~203)を読むと、いっぽうで自分こそ特別な対象である世界にも恵まれていることが、私たちのメンタルには必要なんでしょうね。

 
(ライター 筒井秀礼)  
 
『鋼のメンタル』
著者 百田尚樹
株式会社新潮社
2016/8/20発行
ISBN 9784106106798
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価格 本体720円
(2016.12.14)
 
 
 
 

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