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豆腐と代替肉

 
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Ange1011 / PIXTA
私事で恐縮だが、豆腐が好物だ。湯豆腐、肉豆腐、麻婆豆腐。厚揚げ、煮〆、冷ややっこ。豆腐はいい。どうやっても、いい。居酒屋で注文を取りに来られたらメニューを見る前から「揚げ出し豆腐、ありますか?」と尋ねる飲んべえは、筆者だけではないはずだ。
 
この豆腐、実は欧米では「代替肉」の位置づけである。正確には「代替動物性たんぱく質」だ。豆腐は豆腐だろう、大豆加工食品だろう、と思うのは日本人の感傷で、彼らにとっては「肉でたんぱく質をとるのが憚られるから代わりに植物でたんぱく質をとる」ための、代替食物のようだ。
 
「それはSoy-Meatの話だろう。豆腐は日本食のTo-fuとして食べられているではないか」とお思いなら、農畜産業振興機構の昨年5月の報告――「欧州における食肉、乳製品代替食品市場の現状」*1を一読されるようお勧めする。この資料には、欧州の食肉代替食品市場において「豆腐および豆腐原料は、バーガーパテやソーセージなど、食肉の代替品として直接利用出来るため、多くの食品メーカーが使用」と書かれている。
 
 

フレキシタリアンと食肉税

 
ところでこの資料によれば、欧州において近年、従来のビーガン(完全菜食主義者)やベジタリアン(肉魚卵は食べないが乳製品は食べる)とは別に、フレキシタリアンと呼ばれる準菜食主義の人たちが現れている。フランス食料農業漁業省の政策実施機関であるフランスアグリメールの分類では、フレキシタリアンは「経済的な理由以外で肉の消費を制限する」人たちだ。
 
経済的以外の理由には、健康志向(動物性脂肪の摂り過ぎを避けたい)、環境志向(畜肉は生産流通場面でCO2排出などの環境負荷が高いので減らすべき)、アニマルウェルフェア志向(家畜・家禽の健全飼育。あるいは家畜・家禽の否定)などがある。いずれも現代的な課題だ。
 
例えば環境志向からは、COP(国連気候変動枠組み条約締約国会議)はすでに1995年の第1回で「げっぷは地球温暖化の要因」と指摘し、畜産動物から出るメタンガスを懸念している。国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の試算によると、畜産動物(牛・羊・ヤギ)が餌を消化する際に出るメタンガスは世界のメタンガス発生源の24%を占める。
 
しかも、メタンの温室効果は二酸化炭素の25倍だ。日本でも牛のげっぷは二酸化炭素換算で年間756万tに上り、全国11万台のバスと21万台のタクシーの排出量を合わせた658万tをはるかにしのぐ*2。環境面で見たときの畜産動物の高コスト“体質”は歴然である。
 
これを受け、欧州では食用肉に食肉税をかけることが2020年の欧州議会から検討されている。課税額は各100gあたり、牛肉0.47ユーロ、豚肉0.36ユーロ、鶏肉0.17ユーロ。環境への負荷はそのメリットを享受する者があがなうべき、という論理だが、仮に課税が実行されれば、試算上は2030年までに牛、豚、鶏肉の各消費量が67%、57%、30%減少するようである*3
 
 

食品メジャーとアメリカの動き

 
それを見越してかどうか、欧州では食品の大手多国籍企業が食肉代替食品ブランド(多くはフードテックのスタートアップ企業)を買収する動きが出ている。先の農畜産業振興機構の報告では、ユニリーバが2018年にオランダの食肉代替食品企業を買収。肉ではないがダノンも2016年に、大豆やアーモンドの飲料や植物性デザートを展開する乳製品代替食品ブランドのアルプロ社を買収した。

また、ネスレは2018年に植物性食品の発売を始めたいっぽうで、2019年はドイツの食肉部門を売却している。ちなみにドイツは先のフランスアグリメールの調査で自身をフレキシタリアンと答えた人が最も多かった国である(26%)。なお、仏独英スペインの4ヶ国平均は22%。最も少なかったのはイギリスの19%だった。
 
脱畜肉はアメリカでも進んでおり、マクドナルドをはじめバーガーキング、KFC など、大手外食チェーンがこぞって代替肉を取り入れ始めた。そもそも代替肉の先駆け企業であるビヨンド・ミート社はアメリカのスタートアップだ。単独では世界最大の肉消費国であるアメリカ(牛肉1218万t、豚肉974万8000t、鶏肉1619万4000t)で脱畜肉が進めば*4、そのインパクトは大きい。
 
JP モルガン・チェースは2019年、植物肉の市場規模が 15 年以内に 1000 億ドル(約 11 兆円)を超えると推計。イギリスのバークレイズ銀行も、世界で販売される肉の約1割、最大1400 億ドル(約 15 兆円)相当が2029年までに代替肉に置き換わると試算している*5
 
 

大豆は足りているか

 
代替肉の流通量が増える中、大豆栽培が森林破壊を引き起こしているという指摘もある。アメリカとブラジルは大豆の二大生産国だが、食用される割合は両国とも1割に満たない。先述の農畜産業振興機構の最新報告*6によると、2021/22年度に世界の大豆生産量は3億7256万tに達したが、用途は主に搾油と飼料用である。世界最大の大豆消費国は中国だが、ここでも大半は搾油用が占め、生産と輸入を合わせた1億1640万tのうち搾油での消費が9700万tに上る。
 
そしてそこから、油を搾った後の大豆粕(大豆ミール)が牛、豚、鶏、魚などの飼料用に回る。やや古いがレスター・ブラウンの『フード・セキュリティ――だれが世界を養うのか』によると*7、アメリカでは1995年から2005年まで家畜飼料中の大豆ミールの割合が17~19%。ブラジルでは1997年に21%に達した。
 
こうなる理由は、飼料穀物と大豆ミールをおよそ4対1の割合で配合すると、家畜が穀物を動物性たんぱく質に変える効率が「劇的に向上し、時には倍近くにもなる」からだ。それでも、人間がたんぱく質を摂取する経路としては、家畜を通して動物性に変えてから摂取するのは大豆やひよこ豆から植物性のまま摂取するのに比べて効率が悪い。例えば牛肉が含むたんぱく質は同量の大豆に比べて1割から5割少ない。『フード・セキュリティ』には「過去半世紀で大豆の作付面積はおよそ4倍に増加している」とあるが、そうまでさせてあなたは家畜経由で動物性たんぱく質を摂りたいのか、と問われれば、多くの人は「う~ん」と考え込んでしまうだろう。
 
 

日本人は全員フレキシタリアン説

 
欧米における代替肉市場の拡大はこれらを考えれば必然と見える。フレキシタリアンがそれに拍車をかける。では日本は? 日本にはフレキシタリアンはいないのか?
 
実はフレキシタリアンの定義は欧州でもまだ固まっていない。「経済的な理由以外で肉の消費を制限する」の「制限」の基準があやふやなのだ。
 
試みに、2020年にドイツで食肉代替食品を毎日食べると回答した人は0.1%、週数回は1.3%、週1回1.6%、月数回4.1%、月1回2.6%、時々7.7%だった。代替肉摂取頻度がそのまま畜肉食を控えた頻度を意味するのではないとしても、ここで言う食肉代替食品を日本風に「大豆加工食品」と言い直せば、日本人の食肉代替食品摂取頻度はドイツのフレキシタリアンと比べ物にならないほど多いはずだ。また、別の調査では、年間一人当たり食肉消費量は日本の53㎏に対しドイツは60㎏に上る(アメリカ人は115㎏)。欧州で最もフレキシタリアンが多いドイツ人でも日本人の13%増しなのである*8
 
「・・・これなら日本人は全員フレキシタリアンを名乗れるんじゃ?」――ぬる燗で揚げ出し豆腐をやりながら、そんなことを思ってみる。
 
 
 
*1 「欧州における食肉、乳製品代替食品市場の現状
*2 世界に15億頭…牛のげっぷは地球温暖化の促進要因、世界が行う対策とは(日刊スポーツ 2021年11月8日)
*3 脱炭素社会が向かう資源インフレ時代の成長ビジネス(JNEWS LETTER 2021.7.8)(JNEWS.com
*4 絵で見る世界の畜産物需給 主要畜産国の受給(農畜産業振興機構)
*5 令和元年度 新たな種類のJAS規格調査委託事業調査報告書 p18
*6 米国農務省による世界の大豆需給予測(2022年1月)
*7 「大豆について」(エダヒロ・ライブラリー 2005年09月11日)
*8 国民1人当たりの食肉消費量は年間60キロ(ドイツニュースダイジェスト 25.Jan.2022)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2022.2.2)
 
 

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