B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW



プロフィール 1979年茨城県鹿嶋市生まれ。Jリーグ、鹿島アントラーズ在籍のプロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。小学校2年生の時に、地元の 「波野サッカー少年団」 でサッカーを始め、小学校3年生時からゴールキーパーとして活躍した。1995年に鹿島アントラーズユースに入団。1998年にトップチームに昇格を果たす。2001年、当時の正ゴールキーパーに替わりレギュラーに定着して以降、15年にわたりチームのゴールマウスを守り続けている。2012年にはクラブ公式戦通算最多出場、リーグ戦クラブ最多出場、クラブ公式戦通算500試合出場をそれぞれ達成。常勝軍団、鹿島アントラーズの “守護神” として多くのサポーターに愛されている。
 
 
 
ユースチームを経て鹿島アントラーズに入団して以来、15年間にわたってゴールを守り続けてきた “守護神” 曽ヶ端準選手。驚異的なのはレギュラーとして活躍を続けている年数だけではない。毎シーズン、ほぼフル出場を果たし、2012年度にはクラブ公式戦通算最多出場やリーグ戦クラブ最多出場などの記録を打ち立てていることだ。長きにわたりコンディションを維持し、ハイパフォーマンスな仕事を続けることは、肉体を酷使するスポーツ選手にとって並大抵のことではない。その “継続するチカラ” は一体どこから生まれてくるのか。鹿島アントラーズ一筋でキャリアを歩んできた曽ヶ端選手の、ゴールキーパーとしてのクロニクルを紐解きながら、その秘密に迫ってみたい。
 
 

キーパーを目指した理由

 
20130301sp_45ex01.jpg
 小学校2年生の時に、地元のサッカー少年団に参加したのが私のサッカー人生の始まりでした。当時は明確なポジションがあったわけではなく、メンバー全員がピッチに立って、仲良くボールを追いかけている感じでしたね。その後3年生となり、しっかりとしたチーム編成をすることになった時に、ゴールキーパーのポジションが空いていたんです。すると、コーチから 「やってみないか」 と聞かれたので 「やりたいです」 と答えました。というのも、私には2歳上の兄がいて、一緒に練習する際は自然と私がボールを受ける役割になっていたので、ゴールキーパーというポジションに抵抗を感じなかったんですよ。当時から身長も高かったから、体格的に有利だと判断した部分もあります。
 それと、「ゴールキーパーなら数多くの試合に出場できるのでは」 という計算も幼心にあったと思います(笑)。その少年団は大変レベルが高く強いチームでしたし、有能な選手もたくさんいましたからね。サッカーの魅力の一つは得点が決まる瞬間ですから、子供であればなおさら、得点を狙えるポジションを務めたいと思うでしょう? だから、「ゴールキーパーになるぞ」 という子がチームにはいなかったわけです。もしあの時、ゴールキーパーではなく他のポジションを選択していたら、私のサッカー人生はどうなっていたかわかりません。ゴールキーパーだからこそ、こうしてプロ選手となる夢を果たせたのではないかと思うこともあるんです。
 実はこれだけの間、ゴールキーパーというポジションを続けてきた今でも、得点へのあこがれと意欲はあるんですよ。現役中になんとか1点取りたいと思っていますからね(笑)。チームが負けている時のロスタイムに味方がコーナーキックのチャンスを得たら、私も敵陣に上がっていくことがあります。そんなシチュエーションでゴールを決められたら最高でしょうね。とにかく、PKでもどんな形でもいいから、1点ぐらいは取りたいと思っているんですよ。
 
 
 
 

スペシャルインタビュー ランキング

バックナンバー

最新記事

話題の記事