インタビュアー 嶋大輔(タレント)
宮本 私は茨城で生まれ育ち、野球に打ち込みプロを目指して青森県の有力大学へ進みました。同じリーグには、後にプロ入りした選手が何人もいましてね。彼らと切磋琢磨する中で、挫折してしまったんです。そして、大学卒業後、ある病院の理事長に声をかけていただいて、野球をしながら医療事務の仕事に就きました。
嶋 気持ちを切り替える早さが見事ですし、働きながら野球ができたのも良かったですよね。
宮本 ええ。800名もの職員を率いるパワフルな理事長には感謝の気持ちでいっぱいです。やがて「自分も、別の道でかっこいい人になりたい」という気持ちが湧き上がるようになりましてね。退職の意思を伝えると理事長は快く送り出してくださいました。
嶋 その時から建設業界に進む予定だったのでしょうか。
宮本 実は、この業界に飛び込んだのは、娘が通う幼稚園の親御さんが外構工事会社の社長で、現場を手伝ってほしいと頼まれたからなんですよ。こうして始めた仕事に魅力を感じ、2年かけて腕を磨いて、2022年に庭彩悸を立ち上げました。屋号の彩という字は、3人いる娘の中で次女の名前から取りました。また、ホームページやSNSの運用は妻が担当してくれています。
嶋 家族みんなで力を合わせて邁進中ですね。具体的な業務内容も教えてください。



