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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

中高生と社会をつなぐ
放課後等デイサービス

 

紆余曲折を経て放課後等デイサービスを設立

 
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タージン 眞壁代表のこれまでの歩みも気になります。ご卒業された大阪市立桜宮高校では、阪神タイガースの矢野燿大監督と3年間、クラスメートだったそうで! ご出身も大阪市ですか?
 
眞壁 はい。阿倍野区の松崎町です。そういえばタージンさんは、旭区の赤川にあるかき氷店の「かどや」さんによく行っておられたそうですね。私も高校が近かったので、当時はよく食べに行っていたんですよ!
 
タージン そうでしたか! それは奇遇だなあ。しかも私も以前、3年ほど松崎町に住んでいたんですよ。眞壁代表とは共通点が多くて親近感を覚えます(笑)。高校ご卒業後は、すぐこの業界に?
 
眞壁 いえ、社会人の第一歩目はホテルマンだったんです。現場を経験し、最後にはマネージャーまで任せていただくなど約10年間勤めて退職しまして。その後、日本マクドナルド株式会社に転職し、店舗で接客のほか、人材育成や教育に10年ほど従事していました。
 
タージン 長くサービス業界にいらっしゃったんですね。人との関わりの中でおもてなしの精神やマネジメント力を磨いてきた経験は、今の仕事にも活きているでしょう?
 
glay-s1top.jpg 自宅にいるかのような落ち着いた時間を過ごせる
自宅にいるかのような落ち着いた時間を過ごせる
眞壁 今となってはそう感じます。ただ、マクドナルドに勤めていたときに、ストレスから心身のバランスを崩してしまいまして・・・。ついにはパニック障がいを発症しました。会社にいるのはもちろん、電車に乗るだけでも息苦しさを感じ、5年くらい家から出られずにいたんです。その頃はパニック障がいに対する理解が乏しく、病気だと診断されるのにも時間がかかりましたね。その後、症状の改善が見えてきたところで、タクシードライバーとして社会復帰しました。タクシードライバーなら、社内での人間関係に悩まされることが少ないですからね。
 
タージン そうだったんですか・・・。それはさぞお辛かったでしょう。そこからなぜ、放課後等デイサービスを立ち上げるに至ったのですか?
 
眞壁 姉から「息子のためにも放課後等デイサービスを一緒にやってくれないか」と相談を受けたことが始まりです。当時中学生だった、自閉症スペクトラム障がいを抱える甥っ子には、小学生向けのプログラムが多い既存の放課後等デイサービスがなかなか合わなかったようで。その様子を見た姉は、ならばいっそ自分でつくってしまおうと思ったみたいです。福祉の世界は未知の領域だったものの、何とか姉と甥っ子の力になりたい思いで、ウィルポートを設立することにしました。
 
 
 
 

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