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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

感謝と礼儀そして絆を
つないでいく運送会社

 

暗闇から救い出してくれた恩師の存在

 
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同社が代理販売している日本製O2ボックス
畑山 先ほどおっしゃっていた酸素カプセル事業は、運送業とはまったく異色の事業ですよね。どんな経緯で始められたのでしょう?
 
采女 ドライバーの疲労回復のために、酸素カプセルを購入したことがきっかけです。そのときお世話になった業者様は、大阪に営業所を持っていないということで、弊社が販売代理店に名乗りを上げたんですよ。営業担当の方が私の息子が通う高校と同じ地元だということもあり、とんとん拍子に話が進みました(笑)。現在は大学の運動部などを対象に、主にリース販売を行っています。
 
畑山 なるほど。そういったご縁をかたちにできるのは、采女社長が型に嵌らない柔軟な思考を持っているからでしょうね。その手腕で幅広い事業を手がけられている采女社長の、これまでの歩みも気になります。
 
采女 子どもの頃から野球に打ち込んでおり、高校にも野球の特待生で進学しました。野球に人生をかけるつもりで意気込んでいた矢先、先輩からやっかみにあい、暴力を振るわれたんです。それで、もうプレーできなくなるほど足を複雑骨折してしまいまして。特待生だったこともあり、高校は辞めざるを得なくなりました。自暴自棄になった私は、やんちゃをするようになってしまったんです。類は友を呼ぶというように、当時は同じように悪さをしている人とばかり、つるむようになっていましたね。
 
畑山 大変な思いをされましたね・・・。やんちゃはもちろん良くはないものの、何もかも嫌になってしまうお気持ちも理解できます。そこからどう這い上がってこられたのですか?
 
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采女 保護司の先生がひたすら私を信じ、面倒を見続けてくれたおかげで、徐々に前向きになれました。実は、最初に運送業界に入ったのも、先生のお知り合いが働いている運送会社を紹介してもらったことがきっかけだったんですよ。その方からは、運送や物流のいろはを学ばせてもらいましたし、その方のもとで一生懸命働くことで、「もう一度やり直そう」と思えるようになっていきました。その方もまさに、私の人生を変えてくれた師匠ですね。師匠はいずれ運送業で独立したいと話したときも後押ししてくださいましたし、師匠との出会いも、私にとっては転機でした。
 
畑山 保護司の先生に再起の道へ導いてもらい、師匠にその道の歩き方を教わり、そうして周囲の方に支えられながら、采女社長の生き方も良い方向へ変わっていったんですね。
 
采女 はい。また、息子の存在も私を奮い立たせてくれました。父親として「この子のためにもっと頑張らなくては」と思えるようになったことで、結果として“人”としてももう一段階成長できたように感じます。息子にも本当に感謝していますね。