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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

有名店とも商品コラボ 独自のルートで食を開拓
株式会社ジャパンフロントファーム 代表取締役社長 前田隆博

 
プロフィール 石川県出身。学生時代は野球に打ち込む。卒業後は米の卸会社に就職。厳しいノルマが課される中、順調に結果を出し29歳で役員に抜擢される。38歳のときに独立し、産地直送の野菜を販売する八百屋をオープン。その後、本格的に野菜の卸業をスタートさせるため2008年に(株)ジャパンフロントファームを設立した。さまざまな食品の卸、開発、販売を手がけるほか、教育事業への進出を計画している。【ホームページ
 
 
 
産地直送の新鮮野菜で食の安全を守る。このポリシーを追求し業績を伸ばす卸会社が株式会社ジャパンフロントファームだ。代表取締役社長の前田隆博氏は、米の卸会社を経て野菜販売の事業で独立。自ら飲食店を運営し、契約先の店舗に無料でコンサルティングや商品開発を提供するなど、多方面で日本の食文化を支えている。さらに前田社長の視線は、次の時代を担う優秀な人材を育成する教育事業への参入も見据えていた。
 
 
 

米の卸会社に勤務し29歳で役員に抜擢

 
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インタビュアー タージン(タレント)
タージン 大阪市に拠点を置き、食に関する多彩な事業を展開する株式会社ジャパンフロントファームさん。前田社長は、どのようなご経歴の方なのでしょう。
 
前田 私は石川県金沢市出身で、大学入学を機に大阪へ来ました。学生時代は野球を続け、ある会社のチームと対戦したんですよ。その試合での出会いがきっかけで就職したのが米の卸会社です。こうして社会人のスタートを切ったものの、実は大変な人生が待っていました。
 
タージン いったい前田社長の身に何が起きたのでしょう。
 
前田 私は営業担当として働き始めました。その会社は早朝から深夜まで働かされるのが当たり前で、ノルマも厳しい企業だったんです。もちろん周囲の同僚は過酷な環境に耐えられず次々と辞めてしまいました。
 
タージン でも、前田社長は残って懸命に頑張ったようですね。
 
前田 はい。当時はブラックだとか、ノルマが厳しいとかは思っておらず、ただ一生懸命仕事に取り組んでいました。「いつ辞めてもいいけれど、とにかく自分がやりたいことをやってみよう」と考えていましたね。その結果、大きな成果を上げ29歳で役員に抜擢されたんです。
 
タージン これはすごい! なかなかできることではありませんよ。
 
前田 そうして38歳になった私は、自分の力で事業を立ち上げたくなり独立を決意しました。米を扱うとお世話になった古巣の会社と競合してしまいます。ですから、お米の取り扱いはせずに身に付けたノウハウや販路を生かすため、兵庫県尼崎市に産地直送の野菜を販売する八百屋をオープンしたんです。
 
 
 
 

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