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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

臭わず環境に良い工法で ビルの天井をリフォーム
株式会社北島技建 代表取締役 北島勝八

 
プロフィール 石川県出身。中学卒業後、大阪府に移住し飲食店で修業する。その後、喫茶店経営や建築業、運送業を経験。職場で出会った職人に声をかけられたことから、天井工事業界に入った。関西国際空港の建設工事にも関わるなど実績を重ねる。現在は微粒子を天井に吹き付ける工法、シーリング・マジックを駆使し、顧客の要望に応え続けている。【ホームページ
 
 
 
微粒子を天井に吹き付けてカラーコーティングする「シーリング・マジック」は、ペンキと異なり臭いがなく、吸音効果も保持するなど数多くのメリットがある工法だ。ビルのリフォームなどでこのシーリング・マジックを活用している大阪府堺市の株式会社北島技建。代表取締役の北島勝八氏は飲食業から建築業に転身し、関西国際空港の現場も束ねるなど激動の人生を歩んできた。その仕事観についてじっくりとうかがった。
 
 
 

飲食店の屋根裏部屋に寝泊まりして働いた

 
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インタビュアー 濱中治(野球解説者)
濱中 大阪府堺市で天井クリーニングやカラーコーティング、内装仕上げ工事を手がける株式会社北島技建さんにお邪魔しています。元請けは大手建設会社ばかりで施工先はオフィスビルやホテルが中心とお聞きしています。まずはこれまでの歩みからお聞かせください。
 
北島 私は神奈川県出身で、中学を卒業後すぐ社会に出たんですよ。何か商売をしたいと相談したところ、父が「それなら大阪で食い物屋だ」と言うので、たった一人、大阪で飲食店を経営していた親戚に預けられました。当時は屋根裏部屋に寝泊まりし、朝9時から夜中の12時まで働いて、休みは月に1日か2日しかなかったんですよ。それでも辛抱していたものの、3年後にはさすがに夜逃げしました(笑)。そうしてたまたま面接を受けた特急列車を運営する会社に採用され、食堂車でコックをすることになったんです。
 
濱中 昭和という激動の時代ならではのエピソードばかりですね。その後の歩みも気になります。
 
北島 19歳のときに同僚でウェイトレスだった妻と結婚し、2人であちこちの飲食店を転々としました。そして、23歳のときに喫茶店をオープンしたんですよ。閉店するまでの3年間でかなりの金額を稼いだものの、すべて遊びに使ってしまい残ったのは借金ばかりでした。やがて父の仕事の縁で建築業を経験した後、トラックを買って建築現場に資材を運ぶ仕事を始めまして。そんなときに、天井のボード張りをしていた職人が「一度うちに遊びに来い」と声をかけてくれたんです。