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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

とことん話す保険代理店 顧客目線で誠実・正直に
株式会社オネスト 代表取締役 藤井大志

 
プロフィール 大阪府出身。大学卒業後、ミキハウスの社会人野球チームで25歳までプレー。チームメートだったフランス人選手の誘いで渡仏し、30歳まで現役を続けた。32歳で帰国し、(株)オネストを経営する父のもとでノウハウを身につけて38歳で事業承継する。拠点を東大阪から茨木市へと移し、現在は北摂エリアを中心に、訪問型の保険代理店として活動中。【ホームページ
 
 
 
社会人野球の強豪チームを25歳で退部したあと、フランスでプレーする道を選んだ藤井大志氏。言葉も話せない中、現地で人の温もりにも触れながら30歳まで現役を続けた。そのときに培ったコミュニケーションの力は、保険代理店業を営む株式会社オネストの代表取締役となった現在も大いに活かされているという。誠実かつ正直に、顧客の立場になって提案することをモットーに、日々、保険の提案を通じて地域に安心と笑顔を届けている。
 
 
 

野球選手としてフランスでプレー

 
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インタビュアー 八木裕(野球解説者)
八木 大阪府茨木市で、保険代理店事業を営んでおられる株式会社オネストさん。藤井社長は、野球をなさっていたそうですね!
 
藤井 はい、ミキハウスで社会人野球をしていました。実は私が入部した年、当時フランス代表監督だった吉田義男さんが、チームにフランス人選手を連れてきたんです。その選手は阪神タイガースのキャンプにも参加したと聞いています。八木さん、覚えておられますか?
 
八木 覚えていますよ! 確か、投手と打者の2人だった記憶がありますね。藤井社長も、彼らとプレーしていたのですか?
 
藤井 ええ、入部から退部の時期まで同じでした(笑)。そのとき、その選手から一緒にフランスでプレーしないかと誘われたんです。25歳だった私は挑戦しようと決めて、現地のチームと契約し、渡仏しました。
 
八木 それは勇気ある挑戦ですね! 新天地でのプレーに不安もあったでしょう。
 
藤井 そうですね。しかし当時、父親からは「1年で帰って来るな。人脈など、何か自分の人生に役立つものを身につけてから帰って来い」と言われていまして。英語はできないし、フランス語もカタコトだったものの、なんとかコミュニケーションとりながら、30歳まで現役を続けました。
 
 
 
 

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