ライブイベントの楽しさを伝播し
総合格闘技を100年輝くスポーツに
大晦日の風物詩の一つである、格闘技イベントのRIZIN。同イベントを牽引するのは、運営会社の株式会社ドリームファクトリーワールドワイドの代表であり、プロモーターも務める榊原信行さんだ。かつて熱狂的な人気を博した格闘技イベント、PRIDEの代表でもあった榊原さん。「毎日格闘技のことを考え、毎日選手に会う、格闘技漬けの日々を送っている」と語る榊原さんに、経営者としてどのようにRIZINを成長させてきたのか、今後の展望なども含め、たっぷりとお聞きした。
五感に訴えかけるライブを企画したい
プロモーターの仕事は、興行や大会を主催することです。経済的な責任はもちろん、現場で起こり得るさまざまなトラブルを想定し、そのすべてに最終的な責任を負うことが求められます。会場を抑えるのにもお金は必要ですし、もちろん当日に必要なお弁当を手配することまで、すべての支出と売り上げのバランスを取ることも仕事の一つです。見込み通りにいかず赤字になってしまった場合は当然、責任を取らなければいけません。
僕はもともと、自分が先頭に立って事業を運営していきたいと思っていたわけではありません。今でも、自由に仕事に取り組めて、安定した給与のあるサラリーマンでいられるのなら、それが一番良いと思っていますよ(笑)。自分のことは、根っからの営業マンだと思っていますしね。
僕は大学卒業後、東海テレビ事業株式会社という、テレビ局の事業を手がける会社に入社しました。テレビ局を志望する人の多くは、報道や制作への配属を希望しています。でも、僕は当時からライブのエンターテインメントに関わりたいと思っていたんです。お祭りのような、みんながワクワク・ドキドキするものをライブでつくりたいと考えていました。そうして事業部に配属されたんです。
当時から、五感に訴えかけるライブ形式は、世の中のトレンドが変わっても廃れずに最後まで残ると確信していました。非日常な楽しみは、その場にいないと体感できません。そういった楽しみは生きていくうえで絶対に必要だと思っています。僕が総合格闘技イベントのPRIDEを立ち上げたのが、1997年。当時、格闘技の試合を撮影したVHSの販売は行われていたものの、テレビ放送はされていませんでした。だから、放送スポンサーを獲得したり広告宣伝を行ったりして形にしていったんです。
いろんな方々にご協力いただきながら開催したPRIDEは、想像以上に人気を博しました。だんだんとテレビ局員としての業務には収まらなくなったので、独立に至ったんです。ただ、経営の勉強をしていたわけではなかったので、大変なことも多かったですよ。コンテンツをつくり上げるだけではなく、経理や財務、法務などの知識も必要となっていきました。いまだに、そういった部分は弱いと自覚しているんですけどね(笑)。
会社員として働いていた頃は、会社のキャッシュフローや資本政策の組み方などを考えたことはありませんでした。お金に対する感覚や責任感は大きく変わったと思っています。変わらないのは、営業が企業の第一線だという考えです。情熱を持って企画をつくった人が、その思いを伝達するのが一番良いと思うんですよ。