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かつて“天才”と呼ばれた日本人ライダー・宮城光氏が語るオートバイレースの世界。第4回となる今回は、1993年、AMA チャンピオン・カップ・シリーズで、二度にわたって「奇跡の75台抜き」を達成した宮城氏が、シーズンオフに出会った人・コトについてお届けします。
 
 
 朝6時。東向きのベッドルームの窓から差し込んでくる、カリフォルニアの陽光とともに私は目覚める。
 ほんの少し、運命の歯車のかみ合い方が違っていたら──文字通り、デイトナで行われたAMAチャンピオン・カップ・シリーズでは、スプロケットの歯数が勝敗を分けたのだが──テキサスはキャロルトンの薄暗く小さな部屋で、沈んだ気持ちとともに目覚めている自分もいたのかもしれない。
 しかし、幸いにして私の努力は報われた。カリフォルニアはニューポート・ビーチが私の新しい住処となったのだ。
 
 

テキサスを出て・・・

 
 あの場所に思い入れのある方がいたら申し訳ない限りなのだが、私はテキサスという場所が好きになれなかった。背景にあるものが何なのか知るよしも無く、全ては推測になるのでここでは述べないが、私のような東洋人には暮らしにくいことこの上なかったし、空の色も私の気持ちをいちいち沈ませた。私の暮らしていたキャロルトンは海まで果てしなく遠いのも、夏場がひどく暑いのも・・・。とにかく何もかもが辛かった。
 

 AMA チャンピオン・カップ・シリーズ参戦のためにデイトナへと向かうその日、後のことなど何の保証も無かったにも関わらず、私は全ての持ち物をカリフォルニアにある知人の別荘に送り込んでいた。

 考えようによっては、再出発のための場所がテキサスだったのは、悪くなかったかもしれない。「この街から抜け出す」ことは、間違いなくレースで勝ち、チャンスを掴むためのモチベーションになっていたからだ。
 
 私は、AMAチャンピオン・カップ・シリーズで二度の「75台抜き」を果たしたのち、ロサンゼルスから北へ車で2時間、エドワード空軍基地にほど近いウィロー・スプリングス・レースウェイで行われたプライベートテストでCBR900RRを走らせ、エディ・ローソンがカジバのGP500マシンで記録した1分24秒台に迫る1分26秒台フラットのタイムをマーク。市販車改造クラスにおけるコースレコードとなるこのタイムが「入団テスト」として改めて認められ、晴れてツーブラザーズ・レーシングの一員となった。
 
 翌1994年のシーズン開幕までは時間があり、相変わらず生活の中心は、モトリバティのメカニックから50ドルで買い取った自転車でのトレーニングだったが、太平洋を横目に見ながら海沿いのパシフィック・コースト・ハイウェイを走るのは、テキサスのフリーウェイの側道を走ることとは比べものにならないほど気分が良かった。
 金銭的なゆとりは無く、食生活も相変わらずだった。しかしカリフォルニアには日系のスーパーマーケット「ヤオハン」があり、素晴らしいことに、ここではコメが売られていた。「勝てる身体」を作り上げてくれた感謝すべき存在である「炭のようになるまで焼いたミートパテ」に次ぐレシピとして、私は「細かく裂いたビーフジャーキーの炊き込みご飯」を開発したのだが・・・悲しいかな、これは失敗に終わった。
 
 「寝食足りて礼節を知る」という言葉もあるが、渡米してから初めての「人間らしい生活」の中で、私はようやく、コミュニケーションの取り方に目を向け、アメリカの人々と「ビジネス」以上の関係を築く余裕を手にし始めていた。
 これをもっと早く実現できていたら、テキサスでの暮らしも、多少は快適なものになったかもしれないが・・・こればかりは仕方があるまい。
 
 

カリフォルニアのコミュニケーション術

 
 たとえば、トレーニング中の私が、道を行く美しい女性に目を奪われてしまったとしよう。彼女は、日本では考えられないことに、ほほえみながら挨拶を返してくれる。・・・とはいえ、これは「あら、素敵な人」という意味だとは限らない(そうであればうれしいのだが)。多くの場合は「私はあなたに敵意を持っていません、何もしないでね」というアピールなのだった。
 自転車に乗る者同士、「ワッツアップ?」と声を掛け合うのも同じ理由だ。「人種のるつぼ」という言葉のとおり、生まれ育った場所も価値観も異なる人々が暮らすこの場所では、互いに明るく振る舞ったうえで適切な距離感を計ることで、無用なトラブルを避けようというのだ。
 
 「君子あやうきに近寄らず」の心で無視を決め込んでもいいはずだが、むしろ積極的に明るく接触することで良好な関係を築き、敵を作らないようにするというのは、新鮮な感覚だった。
 
 他の州でも同じかもしれないが、この、カリフォルニア流コミュニケーションは、光り輝く太陽の下での出会いのきっかけとしては最高に気持ちが良いと感じたものだ。好む、好まざるに関わらず、世界の人々とのやりとりが重要になりつつある現在、私たちにとって示唆に富んだものであるのは間違いないと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 

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