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値上げと物価

 
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Avigatorphotographer / PIXTA
4月は毎年値上げの季節だが、今年のそれは例年にない様相を呈しているのではないか。――と、各誌の報道を受けてひとまずはその立場に立ってみる。すると、原因は大きく3つ考えられるだろう。
1、昨年から続く原油価格の右肩上がりでの高騰
2、ロシア—ウクライナ情勢の影響によるエネルギー資源および原材料輸入価格の高騰
3、円安
である。
 
「物価はマイルドなインフレこそ理想」という一般原則がある。では、本稿執筆時点の3月末現在物価はどうなっているか。総務省統計局の最新2月の発表を見ると、「総合」は前年比プラス0.9%、生鮮食品を除くと0.6%、そして生鮮食品およびエネルギーを除くとマイナス1.0%である*1
 
物価の観点からは、この3つのうち最後、いわゆるコアコア指数がプラスに転じないことには何も言えない。4月に各社が商品の値上げに踏み切ったとして、それが統計で確かめられるのは5月20日に4月分の結果が発表されてからだ。なので我々市民としては、「値上げ」がメディアにとって旬の時季を過ぎた5月後半のこの頃に、物価はどうなったか、これからどうなりそうか、どうなってほしいかを大いに話題にしよう。そのほうがメディアに乗せられて話題を“消費”して終わる文字通りの消費者にさせられずに済む。
 
 

ガソリン税とJAF怒りの投稿

 
ただし、生活者としての感覚はまた別立てだ。例えば上記1、「原油価格の高騰」は1リットル170~180円というガソリン価格となってすでに現れている。公共交通各社をバッファーに噛ませられる大都市圏の住民以外、自家用車が日常の足である地方住民にとってガソリン価格の高騰は見過ごせない生活問題だ。また、地方住民以外にも、物流トラックやタクシーの業界はただでさえ薄い利幅が原価(燃料費)の高騰で現在さらに薄くなっている。
 
この問題を受け政府および与党は先月16日、ガソリン税率に関し、いわゆるトリガー条項を発動するための協議に入った。ガソリン税はかねてから制度設計が不合理だと批判されており、2月8日にはJAFが公式Twitterで「課税形態を見直すべきです😠💢」と糾弾する投稿を出していた。課税形態が見直されてガソリン税が一時的にでも減免されればその恩恵は広範囲に及ぶ。何といってもガソリンである。生活者はもちろん物流輸送業界も助かる。また、政治家にとっても、それで参院選の得票が見込めるならば、ガソリン税減免は悪い話ではあるまい。
 
ただし、政治家をからめてこの件を理解する際は、政策というものは往々にして政府与党が動くより前に野党から問題提起があることを思い出すべきだろう。決定と発出は政府与党しかできないことだからどうしても与党が目立つが、政策自体は先に野党が国会で提起し、検討と実現を政府与党に要求したものであるケースは多い。参院選を前に市民を減税で買収したような話にさせないためにも、自身の選挙区の候補者がどの時点でガソリン税減免を言い出すかは、一度調べてみるといいかもしれない。
 
 

ロシア—ウクライナ情勢を受けて電気代はどうなるか

 
原油価格の高騰は電気代にも影響する。電力大手10社の4月の電気料金は、2016年に電力が自由化されて以来最も高い水準になることが確定している。しかも、5月以降はもっと上がる。電気料金は原油や天然ガスの輸入価格を自動反映させる燃料費調整制度を経て決まるが、反映には3ヶ月前後の時差があり、4月の電気料金に反映される輸入価格は2021年11月~2022年1月のもの。つまり2月24日にロシアがウクライナに侵攻する前だからだ。影響はむしろ5月か6月以降、3月の輸入価格が反映され始めてから現れる。
 
なお、日本が輸入しているエネルギー資源におけるロシア産の割合は原油3.6%、液化天然ガス(LNG)8.8%、石炭11%で、LNGと石炭がウェイトを占める*2。そして日本の火力発電の使用燃料の割合は、資源エネルギー庁の最新資料によるとLNG 38.8%、石炭34.7%、石油2.6%で圧倒的にLNGと石炭が多い*3
 
仮に日本も米英の対ロシア制裁に合わせて輸入禁止措置に踏み切れば、LNGと石炭を合わせて約7.2%ぶんの燃料がなくなるわけで*4、埋め合わせるため他国産に切り替えようにも、世界規模の争奪戦がかつてない上げ相場で待ち受けている。ましてやこの円安だ。燃料費調整後の電気料金がどうなるかは、ちょっと考えたくないくらいだ。
 
 

税率の硬直性を変える

 
その円安に関しては、実は日銀は現在の水準(~129円?)は織り込み済みだとする指摘がある。想定内だからここで慌てて金利を上げたりせず量的金融緩和を続け、そのうえで個別の値上がりに関しては減税で市民生活への影響を緩和し(例;ガソリン税減免や消費税減税)、引き続き通貨供給量を増やすことを通じて総需要を喚起すべきであると。逆に言うと、この場面で「悪い円安」を吹聴して市中から通貨を引上げさせようとする論調は、減税によって市民生活を助ける政策をとらせたくない財務省の差し金であると*5
 
筆者は識者ではないので事の真偽は知らない。ただ、間接税の上げ下げを通じて市民の暮らしを安定させる発想には賛成だ。むしろこの機会に、内外の環境や経済情勢に合わせて税が上がったり下がったりする感覚を国民全体で初体験すればいいと思う。「一度税率を下げたら上げられない」という価格硬直性ならぬ税率硬直性があるから政治が機能しないわけで、税率は給与におけるボーナスみたいなもので出るときも出ないときも両方あるという認識が国民全体で共有されれば、毎年5%や6%は下げたり上げたりできるようになるのではないか*6
 
 

価格硬直性をほぐす

 
もっと言えば、国が税率の硬直性から手を付けることで、「物の値段がとにかく動かない」という本邦経済固有の価格硬直性の問題も、変わってくるのではないか。渡辺努著『物価とは何か』第4章「なぜデフレから抜け出せないのか――動かぬ物価の謎」には、1円の値上げも許さず、ステルス値上げも9割が見抜く“鋭すぎる”日本の消費者の特質が、2000~2017年の18年ぶん、約2万件の商品のPOSデータから突き止められている*7
 
企業は「前期比売上アップ」という実績(原資)がないと従業員にボーナスを支給できないが、国は政策を通じて先行的に投資できる。しかも国は、言ってみれば全産業の、最川上でもある。これらを総合的に言えば、まだ誰にも投資余力がない最初の段階で投資できる存在は国家以外にないのである。
 
そして今回重要なのは、投資は補助金以外ででもできるということだ。召し上げていたものを召し上げないという形ででも、否、むしろそのほうがオペレーションコストも一緒に減らせるぶん財政にも優しい。なるほど特定の主体なり団体なりにピンポイントで余沢をもたらすことはできないが、構わないではないか。物価をマイルドなインフレに導く主因たる国内需要は末端の民から盛り上がってこそ本物だ。トリクルダウン理論が2014年にOECDによって否定され*8、「余沢」といえば中抜きしか意味しなくなった現在、そんなものとははなから無縁な末端の民に、向き合うべきだと思う。
 
 
 
*1 消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)2月分
*2 「ロシアへの依存度低減を」経産相、LNG投資を推進(日本経済新聞 2022年3月15日)
*3 「2021年度11月分電力調査統計」結果概要(資源エネルギー庁 令和4年3月9日発表)
*4 (38.8%×0.088)+(34.7%×0.11)=7.2314%
*5 緊急生配信 急激な円安でどうなる?解説します!(高橋洋一チャンネル 437回 2022/03/29)
*6 ただし、これほど変動して良いのは間接税に限る。所得税率や法人税率があまりに動くと個人も企業も生計の見通しを立てられない。
*7 『物価とは何か』(渡辺努著・講談社選書メチエ・2022年)p268~281
*8 「成長の恩恵 トリクルダウンない」OECD報告書 格差是正政策呼びかけ(しんぶん赤旗 2014年12月14日)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2022.4.6)
 
 

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