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認定補聴器技能者からの警鐘

 
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nobu / PIXTA
先月10日、日経新聞が「『イヤホン難聴』、厚労省主導で調査 予防へ実態把握」と報じました。スマホの普及にともないイヤホンを長時間・大音量で使う人が増えており、「イヤホン難聴」の増加が懸念されることから、厚労省として予防に乗り出すようです。
 
これを受け、さっそくネット上では「『良いイヤホンは耳に優しい』って多分ガチ」「いいやつだと全部の周波数がきれいに聞こえるから無駄に音量上げなくていいからじゃないか?」「音量と時間以外に無いような気がする」などと、さまざまな意見が飛び交いました*1
 
ノイズキャンセリング機能(ノイキャン)の影響を疑う声も多く、「イヤホンのノイズキャンセラーに慣れて反応速度(危険察知・行動予測)が鈍っている若い人が多い気がします。若い人は通常0.2秒ぐらいだと思いますが体感0.8秒ぐらいまで落ちている人が多い気がする」との具体的指摘もありました。
 
この指摘をした人のアカウントを見ると、「認定補聴器技能者」として都内で補聴器外来と耳鳴り難聴外来を担当されている由。もし仮に、この指摘が、「聴きたい音以外の音にそれと逆位相の音を生成してぶつけて物理的に音波振動を相殺するという原理が――プロセッサーの処理能力的に――本当にその通り実現できているのか?」との文脈からのそれであったなら珍しくありませんが*2、この方の場合、それが身体反応の速度をも鈍化させる方向に作用し始めているのではないか? とする点で注目に値します。
 
 

「補聴器の日」の趣旨と真意

 
実際は単に「それぐらい安全平和な社会で生きてきた・生きているから」というだけのことかもしれません。
 
ただ、例えば今年4月施行の改正道路交通法は、自転車にも自動車同様の 「交通反則通告制度(青切符)」を定めました。2026年現在、自転車で走行中は、クラクション、緊急車両のサイレン、歩行者の声などが聞こえない状態でイヤホン・ヘッドホンを使うと交通違反です(罰金あり)。
 
折しも今月6日は(一社)日本補聴器工業会が定める「補聴器の日」*3。その趣旨は「あなたと大切な人の“きこえ”について考えてみましょう」です。補聴器について知りましょう、ではありません。音や声が聞こえない人・聞こえにくい人はパッと見でわからなくても周囲にたくさんいて、それぞれに違う悩み・困難を抱えながら同じ社会で一緒に暮らしていることに、補聴器を通じて思いを馳せてみませんか?です。
 
外の環境音をノイズと決めつけてキャンセルし、体の反応速度も遅いとなれば、ひとたびコトが起これば個人の趣味やライフスタイルの話で済まなくなること請け合いです。認定補聴器技能者という聴覚の専門家からの警鐘は一聴の価値ありだと思います。
 
 

集音器(助聴器)市場拡大の見通し

 
富士キメラ総研は先月初めに発表したプレスリリースで、2030年の国内ヘルスケア関連市場を2024年比40.5%増の1兆1416億円と予測しました。中でも集音器は注目市場2つのうちに数えられ、同年比87.5%増加すると予測されています*4
 
昨2025年の補聴器の市場規模は566億円。対する集音器は62億円で、補聴器の1割程度ですが、管理医療機器である補聴器と違い、集音器(助聴器)は法的には音響機器です。OTC補聴器と同じく医師の処方や専門家による聴力検査なしで買えることから、「本格的な補聴器が要るほどではないと思うが、最近耳が遠くなったから、まずは集音器を試してみよう」と考えて購入に至る人は、高齢者人口の伸びに合わせて今後も増えるでしょう。
 
ただし、加齢性難聴や大音量暴露による騒音性難聴は、難聴の種類でいえば大半が「感音性難聴」です。鼓膜に来る音を機器でいくら増幅しても、その奥の各聴覚組織・神経の損傷・失調や、脳が信号を処理する際の歪みを補整・補填することはできません。そのために、補聴器ですら、ましてや補聴器のようなフィッティング(一人ずつ異なる聞こえの状態に合わせる音質調整)を前提としない集音器ではなおのこと、利用者の満足をなかなか得にくい現状があります。
 
それが近年、次のような理由で、以前に比べればではあるものの、満足を得やすくなってきたようです。
1、次世代ワイヤレス規格「Bluetooth LE Audio」による高性能化と外形上の進化、および対応アプリとデバイスの進化により、ある程度のフィッティングが自分でできるようになった。バッテリーの持ち時間も大幅に伸びた
2、健聴者の音楽鑑賞や動画視聴でも両耳独立型ワイヤレスイヤホンが主流になり、外形的には集音器・補聴器と区別がつかないことから、周りからの見え方を気にせず使えるようになった
1をめぐっては、一例でAppleのiPhoneとAirPods Pro 2は、そのヒアリング補助機能が2024年にアメリカFDA(食品医薬品局)からOTC補聴機として承認されています。また、今年3月にアリゾナ州立大学が発表した研究では、ライブリスニング(外音取り込み再生)機能も高齢者の聞こえを有意に改善することが報告されています*5
 
富士の調査は、AirPods Proのような音楽等エンタメ鑑賞が主用途の音響機器においても今後はセルフフィッティング機能の搭載が広まり、集音器と競合すると見ています。それでも87.5%増ですから、この市場にかかる期待の大きさがうかがえます。
 
 

その音や声、キャンセルしていいの?

 
ただし、再びただし――、例えば本稿執筆のため参照した、元健聴者で現在は重度手前の進行性難聴者であるAyase.Mさんのブログを読むと、難聴について一般の私たちがいかに無理解か、健聴者が難聴者の生きる世界をいかに知らないかを痛感させられます*6。本稿も当初は集音器市場の可能性をビジネス視点で掘り下げるイメージで企画しましたが、調べを進めるうちに――自分の無知を知るうちに――、「そんな浮かれた話だろうか」という気が優勢になりました。
 
確かに技術は進みました。各メーカーや開発者たちの熱意と研鑽には頭が下がります。彼らの努力に茶々を入れる意図は毛頭ありません。
 
ですが、感覚補整・補填機器の世界はどうしても、開発者自身が障害当事者であるか、当事者が自身の状態を基に研究・助言をするのでない限り、最終的な満足には至らないと思います。これはもう、Ayase.Mさんが「難聴者同士でも相手の聴こえを想像することはできない」*7と語る言葉から推し量れる通り、ほとんど実存哲学か現象学に類する事柄です。そのことへの理解があるべきなのです。
 
そう考えたとき、集音器はその敷居の低さゆえどうしても、難聴当事者からは誇大広告になりやすい商品だと思います。これからは特に、エンタメ鑑賞が主用途の製品に巻き込まれて、あるいは混同されて、悪くすれば当事者をおいて世間のほうで、取り上げ方がマーケティング寄りになっていく懸念なしとしません。
 
これを正すには健聴者側の知識と理解と、他者への想像力しかないでしょう。「その音は、声は、キャンセルしてよいものなの?」と、街行く人々に問いかけて終わります。
 
 
 
*1 厚労省主導で調査が始まる「イヤホン難聴」について「『良いイヤホンは耳に優しい』って多分ガチ」との意見 「今回何か分かるのかな」「誰か科学的エビデンスをお願いします」(togetter 2026年5月11日)
*2 これは対処不要という意味ではありません。実用上でノイキャンが一定の問題(脳の聴覚野に与える負荷等)をはらんでいることは、巷間言われる通りです
*3 「6月6日は補聴器の日 あなたと大切な人の“きこえ”について考えてみましょう」(一般社団法人日本補聴器工業会 2025.05.30)
*4 富士経済グループプレスリリース第26048号
*5 AirPods Pro 2は補聴器の代わりになるか——最新研究が示す可能性と限界(Screenless Media Lab.2026年4月17日)
*6 Ayase.Mブログ「からだと心の学習帳~共感力を養う~」より。未見であれば、2025.07.12の「ナンチョーな私の気まぐれ日記(47)耳の状態で変わる聴こえの変化」と2022.11.26の「ナンチョーな私の気まぐれ日記(19)「補聴器をしても普通に聴こえるわけではない」②健康な耳は優秀」だけでも、ぜひ読んでほしいです。もちろん、関連記事を全部読むようお勧めします
*7 ナンチョーな私の気まぐれ日記(6)音楽と私③「最後まで残った音」(2022.02.26)
 
 
 
(ライター 横須賀次郎)
(2026.6.3)
横須賀次郎さんのコラムは今月で終了です。長らくのご愛読ありがとうございました。
 
 
 

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