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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

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現在は主に、バレーボールの普及活動に努めている山本氏。今年8月には自身が主催者として立ち上げたT-FIVE CUPを東京で初開催した。同大会は小学校4~6年生のチームを対象としたもので、真剣勝負を通じてバレーボールの魅力を感じてもらいつつ、将来のオリンピック選手の育成を目的としている。
 
 

競技レベルの底上げに貢献したい

 
 大会の一環として僕をはじめ元選手による教室も行い、子どもの成長具合に合わせた指導もしています。おかげさまで初回は成功に終わりましたので、毎年規模を広げながら、地方予選も行う全国大会にしたいですね。小学生を対象にした全国規模の大会は、今のところ一つしかないんです。だから、この大会を若年世代の技術底上げに貢献できる真剣勝負の場として全国レベルに成長させたい。
 
 僕自身もそうでしたけど、大きな大会に出場して勝利の喜びを味わったり、負けたとしても課題や反省点を把握したりすることは、成長への近道になります。力を発揮できる舞台がたくさんあればモチベーションも上がるし、バレーボールの奥深さや楽しさを感じられるはず。だから、この大会には今後も力を入れていきます。
 
 その他、バレーボール教室も定期的に開いていますし、東京都主催の「こころのチャレンジプロジェクト」などにも参加しています。こうした活動では、小・中学生を対象に、僕の経験を通じて夢を持つことや、礼儀を身に付けることの大切さなどを話し、そのうえでバレーボールを一緒にプレーするんです。
 
 現役時代にも同様の取り組みは行っていましたが、当時はプロとしてプレーの面で使命感を全うしたい気持ちが強かったので、小・中学生のみんなから見た僕は、近寄りがたい雰囲気があったでしょうね。でも引退後はリラックスして素の自分を隠さずに接していますから、彼らも積極的にじゃれてきてくれる。だから今は、子どもたちとの距離をすごく近く感じられて楽しいですし、僕もたくさんのことを学ばせてもらっています。活動を通じて、バレーボールのレベル底上げに貢献したいですね。
 
 
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実は山本氏、大学を出た時に教員免許を取得していたそうだ。だが、パナソニックパンサーズに入団して後、日本人初のプロになることを決めた時は「将来、教員になろうという考えは全くなかった」という。社員選手とプロが混在するバレーボールの世界で、山本氏が前例のないプロの道を選んだのはなぜだったのか。
 
 

自分を追い詰めるためにプロの道を選ぶ

 
 それはオリンピックに出場する夢を叶えたかったからです。当時から肩に怪我を抱えていましたけど、きちんとケアを続ければ、現役を続けられることがわかった。でも、やるからには怪我と戦いながらレベルアップをしなければならない。その試練を乗り越えるには、自分をトコトン追い込む必要があったんです。だからこそ僕は社員選手ではなく、プロの道を選びました。
 
 だからあの時は、セカンドキャリアのことは全く想定していませんでしたね。現役中に全力を尽くして結果さえ出せば、引退後も何かしらの仕事はついてくると考え、バレーボールに全てを懸けたんです。セカンドキャリアを見据えてプロになるなんて、覚悟が中途半端じゃないですか。社員選手から見たら、そんな選手と一緒に頑張ろうと思わないでしょう? 彼らは彼らで、仕事をしながら日々精進している。だから、プロとしてその道一本で生活するなら、強い覚悟を持たなければならない。やるべきことをやり尽くしてこそ、プロとしての立場で意見が言える。そして、プロとしての実力を認めてもらえなければ、チームもまとまらないと思っていました。
 
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