B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

キックボクシングジムと 運送業を力強く運営中!
株式会社新興運輸 代表取締役会長 坂上顕二

 
プロフィール 神奈川県出身。18歳で自動車運転免許を取得して運送の仕事をはじめ、20歳のときにトラックを購入する。1993年に父親が(株)新興運輸を設立。1995年に代表取締役に就任して一般貨物運送事業を開始した。会社経営の傍らキックボクシングのジムをオープン。2019年2月にニュージャパンキックボクシング連盟の理事長に就任している。【ホームページ
 
 
 
株式会社新興運輸の坂上顕二代表取締役会長は、一般貨物運送事業を手がけながらキックボクシングジムの会長としても活動している。会社業務を常務や部長に任せることで対外的なやり取りに注力し、そこで培った人脈をジムに所属する選手の就職支援に役立てるなど、会社とジムの活動を連携して運用。自身が若いときにはなかった練習環境を選手たちのために用意したいと考える坂上社長に、会社経営とジムの展望についてうかがった。
 
 
 

仕事をしながらプロキックボクサーを目指す

 
glay-s1top.jpg
インタビュアー 内山高志(元ボクシング世界王者)
内山 厚木市で運送事業を手がける新興運輸さん。まず、坂上会長の歩みをお聞かせください。
 
坂上 私は18歳の頃に運送の仕事を始めたんです。もともと父親が軽貨物運送事業をしていたこともあって、20歳のときには自分のトラックを購入して個人で運送をしていました。その後、父が一般貨物運送事業で会社を興したときに借金を背負うことになり、私も家業に入って借金を返済したんです。そして、1995年から代表取締役に就任し、現在は会長職を務めています。
 
内山 ご苦労も経験して、代表になられたんですね。坂上会長はキックボクシングもしていたと聞いています。
 
坂上 そうなんです。家業を継ぐ前から、プロを目指して伊勢原市にある谷山ジムに所属していました。でも、家業を継いで仕事重視の生活になってからは練習から遠ざかっていたんです。その後、経営が落ち着いてから、厚木市にSHINKOH MUAYTHAI(シンコウムエタイ)ジムを開いたんですよ。それからは、夢だったプロデビューを果たすために仕事の傍らトレーニングをし、28歳でプロデビューしてから引退するまでに、15戦くらいを経験しました。現在もキックボクシング界の発展には尽力していまして、ジム運営のほか、2019年2月からはニュージャパンキックボクシング連盟の理事長を務めています。
 
内山 私も仕事をしながらボクシングをしていた時期があります。両立するだけでも大変なのに、プロとしてそれだけの試合をこなしたのはすごいことですよ。