野球で鍛えた「何苦楚魂」で農業の世界へ

インタビュアー 濱中治(野球解説者)
渡邊 私は小学校から野球に打ち込み、スカウトで名門高校に進学しました。ポジションはキャッチャーだったのですが、先輩に後にプロ入りするほどの実力者がいたので、注文したミットが届く前に外野に転向することに(笑)。厳しい練習で鍛えられ、最後の夏の大会で甲子園に出場が決まったものの、私はベンチ入りできなかったんです。それ以来「何苦楚魂」「負けてたまるか」の精神で生きてきました。
濱中 野球一筋の人生から、農業に転身したきっかけが気になりますね。
渡邊 中学のときの野球のコーチが、泉州の特産品・水なすを栽培する農家さんだったんですよ。この方の昔ながらの農家とは思えないオシャレな服装や立ち振る舞いにあこがれ、将来、同じようなかっこいい農家になろうと決意しました。ただ、農業にお金がかかることはわかっていたので、大学卒業後はリフォーム会社の営業として3年ほど勤務し、独立資金を貯めたんです。
濱中 情熱のままに行動するのではなく、きちんと計画を立てるところが見事です!
渡邊 ありがとうございます。退職後はさまざまな農家さんに教えを乞い、農業のノウハウを身に付けて2017年に独立し、北阪町と尾生町に農園を開業しました。大変なことも多いものの、とことんまで自分を追い込んだ野球の練習と比べればましです(笑)。