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本書を最もわかりやすく、かつ2021年現在で最も一般の興味をひくテーマと関連させて読むならば、232ページ最後から2行目の一段落と188ページ5行目~8行目から始めるのが良いと思います。なので先に引用します。
 
「本書では、BI(評者注:ベーシックインカム)のような現金給付が国民生活の安定に資するだけでなく、景気をコントロールする手段としても適切だということを明らかにした。さらに財政上の問題もないということを論じた。」(「おわりに」より)
「日本の人口当たりの新型コロナウイルス感染症による死者数はアメリカの23分の1ほどだ。欧米に比べれば格段に被害が小さいにもかかわらず、日本で医療体制が逼迫するなどということは、そもそもが奇妙なことである。その原因の一つが、政府の緊縮主義、すなわちデフレマインドにあるというわけだ。」(「第4章 脱成長の不都合な真実」より)
 
これらに対し、「そうは言ってもAがこうじゃないか」「そうは言ってもBがこうじゃないか」という指摘や牽制が当然想定されます。それらをことごとく、問題の根っこを暗示する形で、「Aはこうすれば解決可能」「Bはこうすれば対処できる」と該当各箇所でつぶしているのが本書です。

AやBにはおよそ今の日本国民が疑問に思っていることのかなりの事柄が入れられると思います。明示的に言及されるのはGo Toキャンペーンの是非だったり「自助・共助・公助」の話だったり、先進国で日本だけ国民の所得がダダ下がりに下がっている問題だったりしますが、書かれていない事柄に関しても根っこにさかのぼって解決案が示唆されているように思います。
 
ただ一個だけ、評者の個人的な見立てですが、これもあったほうがいいんじゃないかと感じる要素があったので、拙評は一読者としてそれを補足しながら書きたいと思います。何かというと、財務省についてです。
 
「政府も結局財務省の言いなり」とは、巷間言われている説。ちょっと政治に関心がある人なら大抵が思っていることだと思います。憲政史家の倉山満氏によれば財務省は実質的に首相の選任権すら握っているようで*1、冒頭の引用中、「政府の緊縮主義、すなわちデフレマインド」も、もしかしたら財務省がそうさせているのかもしれません。かといって財務官僚に「何てことをしてくれるんだ!」と迫っても、彼らは「根拠法が定める『健全な財政の確保』を行っているのだ」と答えるだけでしょう。公務員としてそれは正しいので、彼らに文句はつけられません。
 
そうすると問題の本質は「国家運営において健全な財政とは何を意味するか」であるはずです。「健全な財政」の中身が問われなければならない。定義が議論されなければいけない。なのに、単純に財政の均衡、つまり「歳出は歳入を超えないこと」とされている節があるから、後の問題が全部起こってくる。
 
「歳出は歳入を超えないこと」とは家計の言葉で言えば「月々の収入の範囲内で生活すること」です。が、国家がこれを続けて存続できた例がかつてあったでしょうか――。著者の危機感を評者なりに代弁すればこういうことになると思います。この危機感に立ち、本書で著者は、「国家運営において健全な財政とはどのようなものか」とその定義を問うている。そして「それは何をどうすれば実現できるか」を考え、財政出動とベーシックインカム(本書では「現金給付」)に答えを見出している。
 
識者によってはベーシックインカムでは無理だという立場に立つ人もいると思います。「ベーシックインカムが始まると高所得者はその国から脱出する(移住する)」というのはよく聞く指摘です。しかし“定義”を問うている点で、もっと言えば“定義”を議論するべきだと一般の我々に示唆してくれている点で、本書の価値はまったく揺るがないと思います。
 
以上、評者の理解で本書の位置づけを試みたうえで、トピックになる箇所をいくつかあげてみます。全編を通じて気骨を感じさせる文章で印象的な箇所は多々ありますが、著者が専門とするマクロ経済政策とベーシックインカム(現金給付)に限ってピックアップ。
 
「麻生太郎財務大臣は、2013年の講演で「国はいよいよになって金が無くなったらどうすればいいか? 簡単です。刷ればいい。ね? 簡単だろ?」と正論を述べており、私は優れた見識の持ち主だと感心した。」(「はじめに」p6)
「緊縮の反対語である「反緊縮」は、財政支出の増大を肯定する立場であり、私は明確にこの立場をとっている。いまの日本で最も意味のある政治的な対立軸は、緊縮か反緊縮かといったものだろう。」(同)
「(BI的制度の提唱者であるイギリスの経済思想家のクリフォード・ヒュー・)ダグラスは、1924年に『社会信用論』で、テクノロジーの進歩によって生産性が向上すると、供給に対して消費が追いつかなくなり、需要不足が生じると論じている。そして、その需要不足を解消するために、国民のおよそ全員に「国民配当」として、お金を給付することを提案している。」(「第2章 なぜ、ベーシックインカムが必要か」p73)
「実際、失業の解消も含めて、マクロ経済政策の最終的な責任をどこの誰が負っているのかは定かではないが、プラス金利の間は中央銀行にあると言うことは可能だろう。‥略‥ゼロ金利下で量的緩和政策を行って預金準備を増やしたところで、金利ゼロの国債とそもそも金利ゼロのお金を交換しているだけで、マネーストックを直接増大させる効果はない。‥略‥マネーストックを増大させられるのは、基本的には政府だけである。したがって、ゼロ金利下では政府がマクロ経済政策のコントロールに責任を持たなくてはならない。」(同 p108、109)
 
まだまだありますが、とりあえず以上。他は読者が自分なりの理解で見つければいいと思います。仮に理屈がクリアに理解できなくても、「ここは大事なんじゃないか」と感じる箇所は、前後を含めて大事なトピックになっているケースが多いはず。そういう書き方がされているからです。
 
ただし一ヶ所だけ、誰にとってもトピックになるはずの箇所を共有しておきましょう。
 
「(国債発行分を政府支出すればプラマイゼロになると思われるかもしれないがそうではないという話に続いて)というのも、多くの場合に国債を購入するのは民間銀行だからである。民間銀行は預金で国債を買うのではなく、預金準備で買う。この点については、未だに多くの経済学者が勘違いしているし、私も最近までしっかりわかっていなかった。」
 
第3章第3節第2項、「日本を衰退に導いた大いなる勘違い」の一節です。評者は2018年に出た『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)も読んだことがあり、本書も著者のBI論を再確認しつつ読んでいましたが、評者同様に「おっ!」と思う人は多いはず。この前段に当たる第2節第2、3項あたりから第3節3項まで、ページにして137から152ページまでは、「財政不健全化(不均衡化)」のみが正しい経済政策であることを貨幣論の切り口から説いて鮮やかな結論を導いた箇所。ここを読むと政府が財政出動をしない手はないと思えてくるのですが、読者諸兄はいかに。
 
 
 
*1 “一強”は安倍首相ではなく財務省。政治家に忖度などするはずがない(日刊SPA! 2020/7/20)
 
(ライター 筒井秀礼)
『「現金給付」の経済学 反緊縮で日本はよみがえる』
著者 井上智洋
NHK出版
2021年5月10日 第1刷発行
ISBN 9784140886533
価格 本体880円
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(2021.6.9)
 
 
 

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