B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

本書に関しては素直に、「はじめに」の引用から始めるのが良さそう。4ページにこうあります。
 
「地図が読み解けるようになると、どんなことが得られるのでしょうか。
・理想の住環境や街、日常生活が地図から選べるようになる。
・ビジネスを始めようとするとき、どこが適切か地図からわかるようになる。
・都市がこれまでどのように発展し、今後どのような展開になっていくか見通せるようになる。」(P4)
 
書名の「地図感覚」は著者である今和泉隆行氏オリジナルの概念です。今和泉氏は前著『みんなの空想地図』で注目され、テレビ番組の『タモリ俱楽部』『アウト×デラックス』への出演でも話題になった、知る人ぞ知る地図の読み描きのプロ。評者も本書を一読して、「3項目、その通りかも!」と思わせられました。誇張ではなく、この本に書かれたアプローチと感覚を使えば、「はじめに」の冒頭にあるエピソードのように、地図を見ただけで、まるで行って見てきたかのように、その土地の風景、都市景観、過去現在未来、人々の生活まで読み解けるようになりそう。ちなみに、「おわりに」にはこうあります。
 
「今やネット地図の普及で、地図を見る機会は増えましたが、逆に「地図が読めない人が増えている」という声も聞きます。目的地や経路が検索できるようになり、便利になった一方で、‥略‥全体感を見る機会は減っていると思います。‥略‥私自身、ネット地図の発展は積極的に肯定しつつも、こうした「地図感覚」を言語化し、身につけるアプローチを紹介したい、また地図感覚を育む都市地図の発展も紹介したい、という思いで本書を執筆しています。」(p250、251)
 
引用の前半、なるほど、経路ナビに頼って「次は左、次は右を道なり、そのまま、そのまま・・・はいここで右折」とやっていれば、その人にとって「世界」は“今その瞬間に・そこで”目に入る景色――それも前方の――のみになり、自分が今存在しているのはどんな土地なのか、そこの人々はどんな暮らしをしているのかについては思いを馳せることをしなくなりそう。思うに、引用中の「地図が読めない」とは、基本的な地図記号(卍がお寺、〕〔が橋、〇で囲んだ〒が郵便局、等々)を知らないという以上に、「今視界に映っている対象以外のものも意識する」という感覚を忘れかけている、という意味ではないでしょうか。そこから社会的包摂の感覚を失うまではほんの一歩です。そう考えると、「地図感覚」は現代人こそ身につけるべき――むしろ取り戻すべき――感覚のように思えます。
 
その際に本書がありがたいのは、「おわりに」の引用にもある通り、地図感覚を“言語化”してくれていることです。普通の人にとって音楽は“聴いて”楽しむものですが、音楽家は楽譜を“読んで”楽しむことができます。本書はさながら、音楽家が読譜をするように一般の人が地図を“読んで”楽しめるようにさせてくれます。道路の網目模様や粗密、街の形状・地勢といった画像情報はそのまま地図感覚の言語。本書は「地図語」を学ぶための辞書です。下記、「単語」と「文法」の例をいくつかあげます。
 
「小さい建物が密集する地域は、道路の網目が細かくなります。そして、左ページで紹介するくらいの密度であれば、総じて高度成長前からの市街地、住宅地と思って間違いありません。」(6章 地図模様から生活感と歴史を想像する p138)
 
「味美駅西口周辺⑤は典型的な高度成長期以降の新興住宅地で、‥略‥木曽街道沿いだけ道路の間隔が空いています。こうした区間づくりには、車通りの多い幹線道路から静かな住宅地への車の流入を抑える意図があります。」(同 p140)
 
「栄や天神のような以前からの中心地を旧市街、のちにできた駅を中心とした市街地を新市街とすると、この2地点の距離が、もともとの都市の規模を読み取る鍵になります。」(7章 都市の発達と成長・年輪を読み解く p169)
 
「信濃川左岸は、‥略‥このエリアが古町への集客力を支えそうですが、中心地から遠いと車をもつ人は郊外の大型モールへ行き、公共交通を頼る人は、所要時間がかかるバスよりも速くて定時性の高い鉄道を使うため、新潟駅の求心性のほうが強くなります。」(8章 街の賑わいを決める人口、地形、集散 p204)
 
掲載媒体にあわせてビジネスよりの箇所を抽出しましたが、土地の風土やそこに住む人の民俗を読み解いた箇所も多々あります。また、とにかくたくさんの地域が出てくるので、地方出身でさまざまな土地に住んできた読者は、そこの地図に当たると「そうかそういうことだったのか・・・」などと記憶を懐かしみながら読むことができます。出張が多い読者は、67ページにある「福岡からの所要時間の長短で描かれた地図」を見て、これと同じ「時間距離」で描かれた地図の他の地方版も見てみたくなるのではないでしょうか。
 
最後に、本書を楽しむうえでは、「郊外」「下町」「高度成長」「区画整理」「新興住宅地」「80年代」といったフレーズからある種のイメージを自分の中に喚起するよすがになるものがあればなお良さそうです。映画好きの人なら昭和の映画、歴史マニアなら近現代史の資料でしょうか。評者の場合、学生時代に研究した古井由吉氏の作品、特に書籍『長い町の眠り』(福武書店)と、写真集『木村伊兵衛の昭和』(ちくまライブラリー39)がそれでした。そんなふうに人それぞれのよすがで地図感覚=地図語を楽しく学べる一冊。広くお勧めしたいです。
 
(ライター 筒井秀礼)
『「地図感覚」から都市を読み解く ――新しい地図の読み方』
著者 今和泉隆行
株式会社晶文社
2019/3/20 初版
ISBN 9784794970732
価格 本体1900円
assocbutt_or_amz._V371070157_.png
 
 
(2019.5.15)
 
 
 

KEYWORD

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事