B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

Mobikeの上陸で占えるもの

 
glay-s1top.jpg
nak / PIXTA(ピクスタ)
先月17日、日経新聞が中国の自転車シェアサービス大手「摩拝単車」(英名Mobike:モバイク)の日本上陸を報じた。7月中に一部地域(続報で福岡県福岡市と判明)でサービスを始め、年内に主要10都市程度に展開するという。報道に先立つ6月5日から7日にかけてはインターネット関連の国内最大級ビジネス・カンファレンス「Infinity Ventures Summit(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)」が神戸市で開催され、Mobikeの国際展開を統括するクリス・マーティン氏が同社の“IoT自転車”の実機を日本初公開したばかりだった。会期中の個別取材で同氏は「仮に日本に進出するならどんなプランか」との仮想質問に苦笑いしつつ答えており、上陸に伴う各種締結事項がどんな詰めを迎えていたかを想像させられる。
 
私たちが今「シェアリング・エコノミー」と聞いて思い浮かべる代表的なサービスは自動車のライドシェア仲介のUber(ウーバー)と、民泊仲介のAirbnb(エアビーアンドビー)だろう。民泊については6月9日の国会で住宅宿泊事業法(民泊新法)が成立して法整備が進んだが、ライドシェアは京都府のNPOがUberを利用して過疎地域限定で手がけるのみで、タクシー業界の反発もあって普及していない。
 
インバウンド客の増加で宿泊施設不足が追い風になった民泊と、参入障壁を崩せないままのライドシェア。かたや住宅、かたや自動車という、いずれにせよ所有コストが高くつく財でシェアリング・エコノミーが始まるのは自然な成り行きとして、個人所有のコストがさほどかからない財の筆頭である「自転車」のシェアがどのように普及するか。Mobikeは日本のシェアリング・エコノミーの今後を占う意味を持ちそうだ。
 
 

本来のシェアと営利ビジネスの分け目

 
このことを理解するために、まず、シェアリング・エコノミーの定義を整理しよう。実は意外と混同があるからだ。自動車による移動(以下「モビリティ」)を例にとれば、Uberはライドシェア、駐車場事業で知られるタイムズ24が運営する「タイムズカープラス」はカーシェアだ。車を所有する個人オーナーが客を乗せるのがライドシェアで、事業者が車を有料で個人利用に使わせるレンタカーの延長がカーシェア。ただし最近は自動車メーカーがUberのようなライドシェア仲介業者に車を貸し、ドライバーがそれをリースで借りて客をとるカーシェアかライドシェアかわからない例も増えている。いずれにせよ個人・事業者・仲介業者いずれかの営利ビジネスであることには変わりなく、「Uberをシェアリング・エコノミーと呼ぶのは馬鹿げています」とするハーバード大学ロースクール教授のヨハイ・ベンクラーのような見方もある(ダイヤモンド社刊『ブロックチェーン・レボリューション』p149参照)。
 
モビリティ分野で本来の意味のシェアと呼べるのは、1948年にスイスのチューリヒで知人同士が車を共同保有したことに始まる「スイス式カーシェア」か、ドイツのダイムラーが提供するCAR2GO(カーツーゴー)やフランスのパリ市が運営するAutolib(オートリブ)のような公共交通機関型カーシェアか、業として営むのではない相乗りサービスに限られるだろう。
 
共同保有、社会課題解決のための非営利サービスの提供、業として営むのでない遊休資産と対価の交換。これらが本来のシェアリング・エコノミーだ。モビリティに限らず、服や中古家財の分野でも、そのサービスは前提としてはたしてシェアなのか、それとも「大企業に手数料を払って仕事をさせてもらう立場に貶められる」(同書p150)新手のサービス集積型産業なのかは、区別したほうがいい。
 
 

公共交通機関化の行く末

 
一つ確実なのは、ことモビリティに限れば、カーシェアもライドシェアも最終的に公共交通機関化していくということだ。一部の趣味性のものを除き今後あらゆる車が自動運転になれば輸送サービスそのものは均質化する。(管制側でルート上の安全を完全に確保して超高速運転を体験させるサービスも企画されるかもしれないが、現実的ではないだろう。)代わって差別化要素になるのが移動中の車内でのサービスだ。
 
実際、特にライドシェア業界で車両供給側(自動車メーカー)と仲介業者(Uberなど)が現在共通して目指すのは、走行中の車両を常時ネットに接続して商品やサービスへの接点にしたり、客の利用動態から各種マーケティングデータを集めたりする「コネクテッドカー」への動きである。
 
例えば広告一つとっても、電車やバスと違って自動運転車は移動中の空間を1人から占有できる公共交通機関なので、現在電車の乗降口の上で流れているようなマス広告ではなく、客に合わせてAIがパーソナライズした広告を見せる形が主流になるだろう。また、訴求力の強いVR/AR広告を視聴した客には運賃を無料にし、逆に広告をブロックした客の運賃は割高にするといった価格戦略が現れるかもしれない。そうなれば、「うるさく広告を見させられるが運賃は無料の民営モビリティ」と「落ち着いて乗れる代わりに通常運賃がかかる公営モビリティ」というように、公共交通機関が棲み分ける事態も起こりうる。
 
昨年5月にトヨタがUberと提携したのも、GMがUberに車を貸しつつUberの競合であるLyft(リフト)に5億ドル出資したのも、Appleが中国版Uberの滴滴出行(ディディチューシン)に10億ドル出資したのも、狙いは同じに違いない。未来の覇権を今から押さえに行く動きはすでに始まっている。
 
 

個人の趣味か、全体最適か

 
さてそこで、Mobikeだ。自転車は自動運転にならないし(自分でこぐから自転車なのだ!)、車と違って移動中に広告を見させられることも(危ないではないか!)、商品やサービスを売り込まれることもない(車両そのものが欲しくなる懸念はある)。マーティン氏が先の仮想質問で答えたとおり料金が「払っている感覚がないほど」になれば、単体で営利ビジネスになるとも考えにくい。サービス供給側に関しては本来のシェアリング・エコノミーの条件に合っている。
 
となると、あとはサービスを利用する側だ。自転車はもともと所有コストが低く、共同保有のインセンティブが強くは働かない。いっぽうで社会コストを考えるなら、例えば駅前の放置自転車はどの自治体も共通の悩みの種だ。乗り捨て型カーシェアに関する海外の調査では車両1台が個人保有車7~11台ぶんを代替したと報告されている。そもそも、自動車の「待機時間95%」には及ばないにしても、自転車も24×365時間の大半は駐輪場で眠っている。
 
Mobike社は人の移動をビッグデータで可視化して民生に活かす方針も公言している。全体主義に導くのが本稿の狙いではないので結論は控えよう。ただ、「所有とシェア」「個人の趣味と全体最適」といったテーマの未来をMobikeで占える部分はありそうだ。
 
 
 
(ライター 筒井秀礼) 

(2017.7.7)

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事