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◆ 日本取引所グループが目指すもの

 
 東京証券取引所(東証) と大阪証券取引所(大証) が、この2013年1月に経営統合を行う。1878年に東京株式取引所と大阪株式取引所が開設されて以来、130年以上にわたるライバル関係にあった東証と大証。今回の統合はどのような意味を持つのだろうか?
 
 これまで両取引所は主に国内投資家へ向けて、「現物株に強い東証」 「デリバティブに強い大証」 というそれぞれの特色をアピールしてきた。海外では以前から、現物株とデリバティブのバランスがとれている取引所の評価が高い傾向があり、アジアでの東証の地位が揺らぎ、中国や韓国の市場に世界の投資家の資金が集まりつつある今、現物株とデリバティブの両方に強い取引所を誕生させることで状況の打開を狙った格好だ。
 まずは2013年1月1日、持株会社日本取引所グループを発足させる。そこから同年7月をメドに、現物株市場は東証に、清算業務は日本証券クリアリング機構に、自主規制業務は東証自主規制法人に集約させる。そして仕上げに、14年3月までにデリバティブ(金融派生商品) 市場を大証に統合するというシナリオである。
 
 

◆投資家が受けるメリット

 
 東証と大証の1部と2部どうしの統合、デリバティブの大証への統合に伴い、現物株は東証 「アローヘッド」 に、デリバティブは大証 「J-GATE」 に、取引システムが一本化されることになる。その結果、システムの運用・維持・減価償却などにかかる費用およそ70億円が削減できると見込まれている。これにより、証券会社にとっては取引コスト削減につながり、投資家にとっても、結果的に売買手数料などのコストが抑えられる可能性がある。また、デリバティブの清算機関が統合されるため、投資に必要な証拠金(保証金) が軽減される点も、投資家には朗報だろう。
 これまでは 「現物株取引は東証で、デリバティブは大証で」 と使い分けをしてきた投資家も多かった。しかし、統合後は同一プラットフォームで両方の取引を行うことができる他、上場商品の充実により、投資機会そのものが増えることになる。統合後、取引所の経営が安定し、システムが安定的に運営されていけば、これらのメリットにより、投資家にとって最大の懸案である 「投資機会を失うリスク」 が軽減される。また、取引所としての魅力と国際競争力が高まれば、海外投資家からの資金が流入し、景気浮揚につながる相場の上昇も期待できるだろう。
 
 

◆上場企業、証券会社が受けるメリット

 
 企業と証券会社側のメリットも見てみよう。これまで大証のみに単独上場してきた企業(関西基盤の企業など) は、東証で取引してきた投資家からも資金を集められるようになる。ただ、関西基盤の企業の中には、大証を通して関西の投資家や取引先へ向けて情報発信を行い、彼らとの強いつながりを築くことで成功した企業もある。そういった企業は東京での情報発信力が弱いことは否めない。日本取引所グループには、関西基盤の企業が統合後の市場でも関東の投資家に向けて十分な情報発信ができるよう、大証1、2部廃止後も大証で決算発表などができるようにするなど、サポート体制の充実が望まれるところだ。
 
 今回の統合は 「国際競争力の向上」 を目標としている。それを実現するためには、日本取引所グループに上場する全ての企業の魅力が余すところなく国内外の投資家に伝わり、国内だけではなく海外の投資家からも資金を集められるようになることが必要だ。
 取引所の運営コストが削減されれば、現在も行われている上場企業向けのIRサポートの充実、大証単独上場企業へのサポート体制の整備も、引き続き充分可能だろう。また、上場企業による海外投資家向けの説明会開催支援事業が行われるならば、海外の投資家からの資金流入に、さらに期待できるだろう。
 取引所のシステム性能の向上、国内外に向けた投資家の利便性向上、投資機会の増大・・・。これらにより市場での売買が活発になれば、証券会社の手数料収入が増加する。そこから、証券会社による投資家や上場企業へのサービスが充実していけば、投資に興味を持つ人々が増加し、取引はさらに活況となる。「日本取引所グループ」 の創立は、こうした多面的な意義を持つのである。
 
 

◆課題は「システム統合」「独占の弊害」「信頼」

 
 いっぽうで課題もある。東証は2012年2月2日と8月7日、半年の間に2度もシステム障害を引き起こし、金融庁から業務改善命令を受けた。今後予定されるシステム統合の前後にも、トラブルが起こる可能性がないとは言えない。また、日本取引所グループは日本国内の現物株やデリバティブ取引などで100%に近いシェアを占めるようになる。独占化による経営規律の弛緩、効率性やサービスの質の低下は懸念材料ではある。
 注意が必要なもう一つの点は、日本では2012年に次々と明らかになった証券各社の増資インサイダー取引である。一連の増資インサイダー問題を受けて、今年2013年以降、特に海外のヘッジファンドの日本株離れが進む恐れがある。すでに金融庁はインサイダー取引規制の見直しに向けて動いており、2013年の通常国会に関連法案が提出される見通しである。このことが海外投資家からの信頼回復につながると期待したい。
 
 その海外では、2006年6月に、ニューヨーク証券取引所と欧州・ユーロネクストが合併し、世界最大の証券取引所が誕生した。ユーロネクストも、先にパリ、アムステルダム、ブリュッセルの各証券取引所の合併によって誕生した取引所だった。2000年代に欧米で証券取引所の合併が進んだのは、取引がグローバル化し、世界の投資家から支持される必要が生じたためだ。商品の多様化・強化が進めば投資家に注目され、取引量が増える。取引量が増えればシステム投資を増やすことができる。取引能力が高いシステムを導入できれば、さらに投資家の資金が集まる。
 しかし、2012年2月、ニューヨーク証券取引所とドイツ取引所の合併が、EU競争法(独占禁止法) に違反すると判断され、EU欧州委員会が合併を認めなかった例がある。また、2011年6月には、ロンドン証券取引所とトロントTMXグループが、株主の承認が得られないとして合併を断念している。今回の統合の目的に照らして、海外の投資家が日本取引所グループの独占状態をどう見るのか、気になるところだ。
 
 

◆アジア、そして世界への第一歩

 
 日本取引所グループは、独自性を確立しながらも、欧米の主要取引所との提携を軸として、グローバル・プレーヤーとしての地位を強化していくとの発表がなされている。統合後の日本取引所グループに上場する企業の時価総額は、NYSEユーロネクストやナスダックOMXに次ぐ規模となる。しかし、香港、上海など経済成長著しい地域の取引所の追い上げは激しい。香港証券取引所がロンドン金融取引所を買収する動きもあり、韓国では日本より一足先に、総合取引所である韓国取引所(韓国証券取引所、韓国先物取引所、コスダックを統合)が誕生している。
 ただ、日本でも2012年9月に金融商品取引法の改正が行われ、日本取引所グループと東京工業品取引所の合流に期待が持てる状況になっている。合流が実現すれば、「総合取引所として国際競争を勝ち残っていく」 という目的に、より早く近づくことができるだろう。
 
 東証と大証の経営統合は、噂は以前からあったものの、実現までにはかなりの時間を要した。その間に、世界では取引所の再編が進み、日本の取引所は世界どころか、アジアでの存在感すら薄れつつあった。今回の経営統合は、日本の市場関係者全体が 「ライバルは世界だ」 という現実にようやく気付いたことの表れである。日本取引所グループの発足後にも様々な課題はあるが、アジアナンバーワンの取引所になるための初めの一歩を踏み出したことは間違いない。世界との競争に、どのようにして勝ち残っていくのか、長い目で見守っていく必要があるだろう。
 
 
(ライター 河野陽炎)
 
 
 
 

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