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もう地球が持たない!

 
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naramit / PIXTA
本稿を執筆している6月25日現在、関東上空は高気圧に覆われ、都心では午前11時半に最高気温35℃を記録した。梅雨明け宣言を聞かないうちに早くも「猛暑日」である。今年初であるとともに、6月26日に35.7℃を記録した1963年を抜いて、観測史上最も早い猛暑日になった。
 
こうなると人間様はもう外に出られない。代わって存在感を増すのが虫。昆虫類だ。ただし、カブトムシやクワガタムシはまだしも子どもたちのアイドルだとして、ハチ、セミ、イモムシ・・・となると、怖気をふるう人は少なくないだろう。
 
しかし、この虫がいま、世界を食糧危機から救うとして注目されている。その食糧危機とは、2030年までに訪れるとされる世界的なタンパク質不足――「2030年タンパク質危機」――である。
 
世界の人口は現在約78億人だが、2030年には90億人に達する。途上国の先進国入りに伴い肉食人口が増え、牛・豚・羊・鶏などの畜肉を増産しなければならないが、そうすると飼料となる穀物も増やす必要がある。穀物増産のためには土地が必要だ。開墾地を増やすには自然環境に手を付けなければならない。
 
――しかし、そうやって必要の連鎖をつなげるだけの単線的発想ではもう、地球が持たないのではないか? これが「2030年タンパク質危機」の核心にある問題である。
 
 

昆虫食のどこが優れているのか

 
この問題について小欄は今年2月、代替肉としての大豆タンパクの可能性を探り、「畜産動物が出すメタンガスの温暖化効果や穀物増産に伴う森林破壊を考えるなら、わざわざ植物性タンパク(飼料穀物)を動物性タンパク(畜肉)に変えて摂取するより、植物性タンパクのまま摂取してはどうか」という趣旨を展開した*1
 
昆虫食は植物性タンパクのまま摂取するのではないが、家畜の「畜産」に比べ食用昆虫の「養殖」は餌料変換率(feed conversion rate)が格段に優れ、温暖化ガスの排出量や必要な水の量、および必要な土地が圧倒的に少なくて済む。FAO(国連食糧農業機関)はこれらを評価し、2013年の報告書「食用昆虫-食料及び飼料の安全保障に向けた将来の展望-」において「昆虫食が従来の家畜や飼料の代替になり、地球環境と健康、生活に有益である」と発表。世界に向けて昆虫食を推奨した。
 
以下、昆虫食の優れた点を、東京農業大学地域環境科学部生産環境工学科バイオロボティクス研究室の佐々木豊教授への取材をもとに具体的に見てみよう。なお、同研究室は高崎経済大学環境データサイエンス研究室とともに、昆虫食品に関する研究開発のクロステックコンソーシアム「NeoAxis(ネオアクシス)」の共同事務局にもなっている。
 
まず、養殖の際の温室効果ガスの排出量の少なさについて。昆虫の場合、例えばヨーロッパイエコオロギを体重ベースで1㎏増やす際に出る温室効果ガスは1.57g。それに対して豚は79.59gで50倍、牛にいたっては2850gで1815倍である。
 
次に栄養分について。鶏ムネ肉(皮付き)の栄養構成が【タンパク質52%・脂質46%・その他2%】、牛肉(肩ロース)のそれが【タンパク質56%・脂質41%・その他3%】なのに対し、コオロギは【タンパク質64%・脂質20%・その他16%】だ。タンパク摂取源として牛鶏いずれと比べても優れている。
 
昆虫食は他にも、「ビタミンBグループやカロリーを豊富に含む」「可食部が大きい」、また「省スペース生産が可能」といったメリットがある。佐々木教授の研究室の試算では、日本国内に限って見た場合、消費されている肉類が仮に全てコオロギ食に入れ替わると温室効果ガス排出量は1088分の1、水の使用量は1596分の1まで減らせるそうだ(食料需給表データ*2による)。
 
 

コオロギと蚕

 
コオロギ食に関しては現在、徳島大学発のベンチャー企業「グリラス」が国内の生産量トップを走る。同社のコオロギ粉末生産量は年間約10t。今春は新たに第三者割当増資で2億9000万円を調達し、来年末までに6倍の60tまで生産量を引き上げる計画を立てている。数年内の株式上場も目指しているようで*3、目下躍進中だ。
 
FAO駐日連絡事務所の資料によれば、世界ではアジア、アフリカ、南米を中心に1900種以上の昆虫類が食べられており、多い順に甲虫類(コガネムシ目)31%、毛虫・イモムシ類(チョウ目)18%、ハチ(アリ目)14%、バッタ類(バッタ目)13%となっている*4。コオロギはこのバッタ類に入り、他の報道や各資料を見る限りでは、先進国が比較的食品産業化しやすい昆虫種という印象を受ける。
 
ただし、日本の昆虫食文化においては蚕(カイコ)を忘れてはいけないようだ。前出の佐々木教授は次のように語る。
 
「家畜化昆虫といって、人間が手をかけないと生きられない虫がいるのですが、蚕はその一種です。特に日本の場合、蚕から生糸をとる養蚕業は明治期の貴重な外貨獲得産業でした。その意味で、蚕は日本の近代化を支えた昆虫だと言えます。」
 
その後の化学繊維の普及で養蚕は産業としては衰退したが、同教授によれば、現在は遺伝子組み換え蚕を用いて医薬素材を生産したり、蛹(さなぎ)を冬虫夏草の培地として使ったりといったさまざまな活用法があるそうだ。
 
また、食用としても、四つ足動物を食べる文化が希薄だった日本では昔から蚕は貴重なタンパク源だった。現在も長野県や群馬県などの一部で食べられている蛹の佃煮はその一例である。このあたり、FAOの資料で甲虫類31%に次いで2位に食い込む毛虫・イモムシ類の面目躍如といったところだろうか。
 
 

蚕と抹茶アイス

 
今回執筆のために下調べを勧めるなかで、一つ気になるネット記事があった。ハーゲンダッツジャパンが行った「2021年下半期発売 ハーゲンダッツ“また食べたい”アイスクリームランキング」の調査である。
 
なぜこれが気になったかというと、佐々木教授への取材で「蚕沙(さんさ、さんしゃ)と呼ばれる蚕の幼虫が食べ残した桑葉と蚕糞の混じったものは、抹茶アイスの着色に使われているものもある」と知ったからだ。
 
筆者も月に1回はハーゲンダッツのアイスクリームを食べる。一番よく食べるのはラムレーズン味だが抹茶味も好きだ。調査では9位に「クリスピーサンド『抹茶のフォンダンショコラ』」がランクインしていた*5。それで「もしかしてハーゲンダッツの抹茶アイスにも蚕沙が・・・?」と思ったのだ。
 
思って不快に感じたか。感じなかった。抹茶成分の他に着色料として蚕沙が使われているかどうかハーゲンダッツに問い合わせる気にもならなかった。仮に使われていたとして何だというのか。安全性等々が確認されているから使われているのだし、この先は多分に個人の趣味も混ざるが、明治期から続く蚕の健気な奮闘と、短いその生涯に想いを馳せつつ抹茶味のアイスをいただくのも、かえって夏らしい気がするではないか。
 
畜肉を食べるのも昆虫を食べるのも、生きているものを殺して命をいただく行為に変わりない。生者と死者が近くなる夏に、生き物たちの死を敬いつつ、虫を食べる。
 
 
 
*1 大豆、代替肉、フードテック ~日本人は全員フレキシタリアン?~
*2 食糧需給表 2017年度版(e-Stat)
*3 食用コオロギのグリラス、生産6倍に 国内外に養殖拠点(日本経済新聞 2022年3月3日)
*4 「昆虫の食糧保障、暮らし そして環境への貢献
*5 2021年、下半期発売の「ハーゲンダッツ」でまた食べたいのは? トップ10を発表(ITmedia ビジネスオンライン 2022年01月15日)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2022.7.06)
 
 

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