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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

感謝の気持ちを忘れず
物流業を中心に躍進!

 

苦しい時期を支えてくれた人への感謝

 
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濱中 家業である和晃運輸の外で、貴重な経験を積んでこられた佐藤社長。それからの道のりもお聞かせください。
 
佐藤 修業期間を終え、再び和晃運輸を手伝うようになりました。しかし、自分の力でどこまでできるか試したくなったんです。そこで、37歳の時に株式会社ココを設立しました。独力で一から営業していく中で、初めて経営者の苦悩がよくわかりましたね。その後、同時期に電気工事会社を起業した中学時代の同級生とタッグを組み、マンションのメンテナンスや修繕業務を開始しました。某有名商業施設や物流倉庫のLED照明の交換業務なども行っており、現在も続いております。
 
濱中 物流だけでなく、多彩な事業で活躍なさっているとは本当に驚きます。なぜ、そこまで頑張ることができるのでしょうか。
 
佐藤 やはり、お世話になった方々への感謝ですね。起業してしばらくは、取引先も少なく仕事をしたくてもできない状況が続きました。ですから、仕事のご依頼をいただけるようになって、非常に大きなありがたみを感じるようになったんです。また、見積もりを要求せずに作業を発注し、「資金繰りが楽になるから」と翌日には入金してくださった経営者さんもいらっしゃいました。それに、起業した同級生の友人とも同じ境遇を一緒に分かち合う仲間として本当に助けられましたね。
 
濱中 佐藤社長が多くの方々のサポートでここまで来たとよくわかりますね。
 
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佐藤 ほかにも、電気工事の現場で知り合い、私が運送会社を経営しているとわかって太陽光発電所の機器の輸送業務を紹介してくださった方もいらっしゃいます。苦しい時期を支えてくださった方々への感謝の気持ちは、決して忘れません。その時に知り合った方とは一生のお付き合いを続けたいと思いますし、絶対に足を向けては寝られないなと思っているんですよ。
 
濱中 どんなときも横にいてくれる人がありがたいのは、プロ野球の世界も同じですね。僕も現役時代に大きなケガで3度も手術しました。「もうダメかもしれない」と自暴自棄になりかけた僕の心を支えてくれたのは、ファンからの「もう一度、グラウンドで待ってます」というお手紙や千羽鶴だったんです。大勢のファンの声援がなければ、僕はそのまま腐っていたでしょうし、逆に声援があったから頑張ることができました。ほかにもトレーナーや両親など、私を支え続けてくれた全員に今でも感謝しています。
 
 
 
 

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