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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都出身。トヨタ系企業に勤務した後、愛知県の田原市で自治体職員に転じる。東日本大震災では現地で被害家屋の調査業務にあたって惨状を目の当たりにする。住友林業で不動産の経験を積んだ後、家業を三幸ホームケアリング(株)として第二創業する。耐震シェルター家具の代理店事業、住宅の内装事業を展開。日本防災士会防災士、防災介助士、防災危機管理者、ファイナンシャルプランナーおよび行政書士としても活動中。【ホームページ
 
 
 
地震は、わずか数十秒で、数年かけても拭い切れない傷跡を残していく。その刃から逃れる方法を地域から広めているのが、三幸ホームケアリング株式会社の田村一将代表取締役だ。田村社長が提唱するのは「命を守る意識」。主力商品「構(かまえ)」は、震災時はシェルターになる家具だという。東日本大震災時の経験と防災士としての目線から、同商品について、「出会った瞬間、今の日本に最もふさわしい地震対策と感じた」と語る。
 
 
 

東日本大震災の惨状に背中を押され

 
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インタビュアー 城彰二(サッカー元日本代表)
 防災家具の「構」をはじめ、防災グッズや防災意識の啓蒙活動を展開する三幸ホームケアリング株式会社さん。御社はなんでも、創業60年以上の歴史をお持ちだそうですね。
 
田村 はい。1949年に私の祖父が乾物屋として創業しました。祖父は早くに亡くなったため、祖母が女手一つで私の父と、父の兄弟を育てながら商売を引き継いだそうです。その後、10代から家業に入った私の父・田村周造が長く代表として支え、現在は私と会長を務める父で共同経営をしています。
 
 家業に携わるまで、田村社長は何をされていたんですか?
 
田村 主に愛知県で公務員をしていました。公共事業や税金関連の業務などを通じて土地や建物の仕事に携わっていたこともあり、宅地建物取引士やマンション管理の国家資格、行政書士の資格も取得しています。また、民間の防災系資格を通じて体系的に学び、家業に入ると同時に双方の事業を始めました。
 
 非常に興味深いご経歴ですね。そもそも家業に入ろうと思われたきっかけはなんだったのでしょう?
 
田村 東日本で液状化の被害が著しかった千葉県浦安市に派遣された時に、現地の惨状を目の当たりにしたことです。地盤が沈下して屈強なビルが傾いたり、マンホールが地面から土管ごと飛び出してライフラインが壊滅的になったり。日常とあまりにかけ離れた街の風景に衝撃を受け「自分にできることは何か?」と考えるようになりました。その結果、自分のメインテーマを「住宅」「防災」に設定し、動き方の限られる公務員よりも民間からその仕事に力を尽くすことを決意したんです。
 
 
 
 

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