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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 茨城県出身。米や麦を栽培する農家に生まれる。高度経済成長期の最中、父が養豚に着手。20歳から自身も養豚に携わり、デンマーク式の養豚手法に倣って事業を拡大させてきた。豚の数を増やしていた1995年頃より近隣から臭いの苦情が寄せられるようになり、問題解決に試行錯誤。EM菌の活用法と培養に成功し、見事問題を解決した。その後、野口式排尿処理施設を開発し、日本・中国で特許も取得している。
 
 
 
茨城県神栖市の養豚場ノグチファーム。場主の野口昭司氏は、50年以上にわたり養豚を続ける中、周囲の宅地開発が進み“臭い”の問題に悩まされてきたという。しかし、有用微生物「EM菌」の活用で臭気を取り除き、菌の培養技術も確立。圧倒的な低コストで豚のし尿処理ができる野口式排尿処理施設まで開発した。「世界の国々を少しでもキレイにしたい」と語る野口氏のまなざしは、今、真っ直ぐに未来へと向かっている。
 
 
 

免疫力の高い豚を育てる技術を開発

 
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インタビュアー 大竹真(フリーアナウンサー)
大竹 養豚業を営むノグチファームさん。豚は何頭くらい飼っていらっしゃるのですか。
 
野口 母豚を常時160頭飼育し、年間3500頭を出荷しています。養豚業としては中規模といったところですね。
 
大竹 そうなんですか。ところで、野口代表はいつ頃から養豚のお仕事を?
 
野口 私が20歳のときからなので、もう50年以上続けています。それ以前は米や麦を栽培する農家でした。高度経済成長期、一般的な農業はどんどん衰退すると言われる中、生き残るためにどうすればいいか考えた父が、1頭の豚を買い付けてきたことから養豚の仕事が始まりました。当時はまだ養豚の手法が確立されておらず、アメリカの技術を導入し見よう見まねでやってみたものの、大規模すぎて日本の養豚には合わない。そこで比較的小規模なデンマーク式を取り入れて、試行錯誤を繰り返しながら続けてきました。
 
大竹 そんなに様々な手法があるとは知りませんでした。養豚で最も怖いのは、やはり病気でしょうか。
 
野口 そうですね。昔は、アメリカやヨーロッパから品種改良のために種豚を導入していました。しかし、それに伴って様々な病気も日本に入り込み、経営を圧迫するようになったんです。そこで国も、小平市にある家畜衛生試験場で母豚を帝王切開して子豚を取り出し、無菌施設で飼育した健康な豚の普及に努めておりました。しかし、私は自然分娩で出産させた豚をすぐに隔離し、無菌のまま育てる技術を開発。これは日本の養豚業界で初めてのことでした。