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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 埼玉県出身。情報処理専門学校在学中よりプログラマーとして企業で働き、卒業後は外資系企業の情報システム部に配属。約7年間勤めた後に独立し、パソコン教室を開業するも、開店休業状態が続いた。しかし一念発起し、パソコン教室を手がける傍らで地元の清掃会社に就職。管理職として組織の動かし方を学ぶ。2015年、同社を退職して自らの事業に専念することを決め、屋号をJNKテクニカルサポートに変更した。【ホームページ
 
 
 
起業には失敗やアクシデントが付きものだ。逆風に耐え、障害を乗り越えた起業家だけが成功を掴める。JNKテクニカルサポートを経営する岡本和雄代表もその1人。起業当時の年商は3000円だったが、諦めることなく、成功への道筋を探し歩いた。その迷いの期間が岡本代表の人生観を深めたと言えるだろう。そうして積み上げたノウハウやIT技術のリソースをもとに、現在はWebコンサルタントとして様々な企業を支援している。
 
 
 

初年度の年商は3000円

 
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インタビュアー 鈴木啓太(サッカー元日本代表)
鈴木 岡本代表は若くして起業されたとうかがいました。
 
岡本 はい、26歳のときでした。それまでも企業に勤める傍ら、様々なサイドビジネスでトライアンドエラーを繰り返していまして、結果的に「自分自身で価値を提供できるサービスじゃないとうまくいかない」との結論に達したのです。そうして2006年にパソコンのユーザーサポートを主とする事業を興しました。
 
鈴木 当時は今ほどパソコンに長けた人がいなかったでしょうから、ユーザーサポートは引く手あまただったのでは?
 
岡本 それが開店休業状態で、1年目はなんと年商3000円(笑)。高齢者のお宅にパソコンを指導しに行ったものの、電球を交換したり、壁の釘を打ち直したりと、お金にならないことをして帰ったこともあります。
 
鈴木 岡本代表の人の好さがよくわかるエピソードですね。でも、さすがに3000円じゃ食べていけないでしょう。
 
岡本 はい。貯金も底を尽き、仕方なく夜間のアルバイトを始めました。日中は上辺だけ“事業経営”をしていたものの、仕事もなく、実際にはゲーム三昧で。これではダメだ、でもどうすれば、というジレンマが常にありました。
 
 
 
 

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