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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール (あだち よしあき)新潟県出身。高校の建築科を卒業後、山形県の大工の専門学校にて職人の道へ。その後「茶室をつくりたい」という夢を実現すべく京都へと赴き、そこで宮大工に弟子入りする。7年にわたる修業を経て、もっと多くの人に「空間の良さを伝えたい」と東京のデザイン会社に転職。そして2013年、30歳の若さで独立し、Ember合同会社を設立した。【ホームページ
 
 
 
宮大工として7年間の修業を経て、店舗デザインの世界へ――。そんな異色の経歴を持つのが、Ember合同会社の安達圭暁代表だ。職人と店舗デザインという店づくりに欠かせない2つの職種を経験して培われた、独自の技術とセンスで「本物の空間創り」を追求し続けている。宮大工としての約束された将来を捨ててまで職人デザイナーへと転職したのはなぜか。そこには「空間」に対する安達氏の熱い想いがあった。
 
 
 

茶室の魅力に惹かれ、宮大工の世界へ

 
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インタビュアー 宮地真緒(女優)
宮地 店舗デザインを手がけているエンバさんにお邪魔しています。何でも安達代表はもともと、宮大工さんだったそうですね?
 
安達 はい。20歳から約7年間、宮大工として修業を積みました。
 
宮地 宮大工を目指されたきっかけって何だったんですか?
 
安達 最初は単に、「大工になりたい」と思っていたんです。実家の増築工事の際、楽しそうに仕事をしている大工さんを見て、その姿に憧れたのがきっかけでしたね。それで、建築科のある高校に入学しました。その後、ある雑誌に掲載されていた茶室特集という記事を偶然目にして、「空間で人をもてなす」という発想の素晴らしさに衝撃を受け、宮大工を志すことになったんです。
 
宮地 高校生で茶室の特集を見て感銘を受けるなんて、安達代表の感性の鋭さがうかがえるお話です。卒業後はどのような進路を?
 
安達 山形にある大工の専門学校で2年間みっちり修業をしました。外の景色は雲海が見えるような険しい山奥でしたから下山するのも一苦労するほど。ですから、休みの日にも工具の手入れをするなど、本当に修業漬けの日々でしたね(笑)。でも、辛いと感じたことは一度もなかったんです。私は頭で考えるより先に行動する性格なので「職人になる」という夢に向かって、技術を身に付けることに一生懸命でした。その頑張りが認められたのか、卒業時に学校から技能賞をもらえたのは本当に嬉しかったです。
 
 
 
 

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