プロフィール 静岡県出身。東京大学法学部在学中はヨットと社会福祉のボランティア活動、アルバイトに明け暮れ、6年かけ卒業。福祉関係の国際機関に勤めた後、弁護士になるため北海道大学大学院に入学。2006年に司法試験合格。札幌市内の法律事務所で弁護士となるが、安定した生活よりもグレードの高い案件に関われる環境を望み、2009年2月に上京。2009年4月、日本羅針盤法律事務所を開設した。
東大法学部に入学したものの、エリート志向の学生たちに溶け込めず、学業からドロップアウト。社会人になってから北大大学院を経て弁護士になった異色の経歴を持つ望月宣武氏。その目線は、エリート然と見下ろすタイプの弁護士のそれでは全くない。市井の感覚に徹し、“ふつうの人々が、ふつうに相談に来られるよう”、自分から相談者に歩み寄るスタイルだ。「現場から声を上げることで、1ミリでも社会を良く動かしたい」 と語る望月氏に、お話をうかがった。
法曹界に進んだきっかけは
大学時代のボランティア活動

インタビュアー さとう珠緒(タレント)
さとう 望月先生は29歳で弁護士になられたそうですね。いつ頃からこの道を目指されたのですか。
望月 大学を卒業して、働き始めて何年か経ってからです。僕は静岡県清水市 (現静岡市清水区) の公立高校から東大法学部に進んだんですが、入ってすぐに違和感を持ちました。周囲は官僚や一流企業をめざす単純なエリート志向の学生だらけ。“我こそは将来の日本を背負う者なり” というプライドに満ちあふれていて、「あ、この人たちにはついていけない」 と思いました。入学してすぐに学業からドロップアウト。全然勉強する気にならなくて、法学部の教室に初めて入ったのが3年生の2月、なんて有り様でした。
さとう よく卒業できましたね。大学に行かずに何をなさっていたんですか?
望月 週末は体育会のヨット部での活動と、平日は障害者福祉のボランティア活動に打ち込んでいました。具体的には、24時間介助が必要な重度身体障害の方々の介助とか、障害者の権利擁護活動とか、法改正の運動、精神医療分野のボランティア活動などです。障害者の権利擁護を専門にする国際機関の日本支部で働いたり、仲間たちとNPOを立ち上げたりもしました。
今、精神障害や精神疾患を持つ方々がどんな状況に置かれているかご存知ですか? 外科、内科などの医療分野では日本は世界のトップクラスですが、こと精神医療の分野は、先進国で最下位です。患者さんを薬漬けにして何十年も病院に縛りつけておいたり、医療ミスが頻発したり。精神病院は牧畜業者だ、なんて言われていました。当時から、そんな状況を何とか変えなければいけないと思っていました。




