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 映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第17回は鬼才ロバート・アルドリッチ監督の 『ロンゲスト・ヤード』(1974年・アメリカ) から、“決断の時”。
 
 
 寒い季節も過ぎて、草木も芽吹き、新入社員たちもちょっとは落ち着いたか、希望の仕事につけて燃えている人もいれば、会社の実態を知って愕然としている人もいる。五月病というヤツだ。まあどっちみち、この一年間はあっという間に過ぎるだろうし、それからが問題だ。本当に本腰を入れて打ち込むモノが眼の前に現れるかどうかだ。一年経ってみないと見えてこないだろうし、その時こそ、その場で本当の “決断” を迫られることになる。
 
 アメリカンフットボールに何の興味もなく、ルールなど知らなくても、こんなにわかりやすく人間の決断を正面から描いたスポーツ映画は別格だ。『北国の帝王』(恐らくアメリカで初めての無賃乗車映画!) や 『カリフォルニア・ドールズ』(これも恐らくアメリカで初めてで最後の女子プロレス映画!) なども全部そうだが、ロバート・アルドリッチという鬼才は、人生の岐路に立たされる者だけを見つめ、その決意を見守り、そしてエールを送り続けてきた。そして同時に愚劣なことや卑怯なことは確実に打ち負かしてきたのだった。でも、今となってはもう、アルドリッチ映画も恐らく永遠にスクリーンでは見られないだろう。デジタルではないプリント上映ができなくなっているのは悲劇この上ないし、これ以上の不幸はない。(だから、70年代絶頂期の名作でも、DVDでしか紹介できないのはツラいのだけど・・・)
 
 アメリカ映画で、最も不敵で愉快な俳優を上げるなら、それはバート・レイノルズだ。スタローンやシュワルツネッガーの筋肉脳が出現するまでは、タフガイ役を一手に引き受けていた。そして、彼が主演する映画はどことなく全編が冗談っぽいモノが多かったが、このアメフト映画だけは実に真面目に取り組んでいる。(当然、巨匠の映画だし、といってもまあ彼のキツイ冗談面(ヅラ)は随所に散らばっているのだが。トム・クルーズなどはイケメンやさ男のハシリのいわゆるデジタル面(ヅラ)で、見飽きる類いの顔だが、バート・レイノルズの面だけは間違いなくアナログのフィルムに似合っていて今でも飽きない)。
 これは公開当時、大笑いしたのでもう一度見たくなり、入れ替え制でも何でもなかった頃だから、続けて見てまたゲタゲタ笑った。客たちも手を叩いて笑っていた。アメリカ映画であんなに手を叩いて笑う客はいなくなった。CG脅しのアクション映画だらけのせいか、“鑑賞中はマナーを守りましょう” のロボット嬢の劇場案内のせいか。それはともかく、今の映画に普通に大人が笑えるモノはない。
 
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『ロンゲスト・ヤード』 1974年・アメリカ
DVD発売元:パラマウント ジャパン
2004年2月6日レンタル開始(レンタル中)
(c)1974 Long Road Production.
  All Rights Reserved.TM,(R)& Copyright
(c)2006 by Paramount Pictures.
  All Rights Reserved.
 『ロンゲスト・ヤード』 でも、バートは人を喰ったばかりのような不真面目な面構えで登場する。最初は不貞腐れている。昔はプロのアメフトのスター選手だったのが、八百長試合をやらかして追放され、今は金とセックスだけに興味があるマダムのヒモになって暮している。イライラが募る毎日のふしだらさをマダムから責められ、罵り合いになり、手切れ金代わりに高級車のキーをかっぱらって乗り回し、パトカーに追いかけられて、車を川に落として廃物にしてから安酒場に逃げ込んでいたら、そこに背の低い保安官が現れる。バートは一目見て吹き出しながら、保安官に 「お前、子供の警官だろ」 とジョークを一言。店員と一緒になって笑い転げてたら、保安官にどつかれて、窃盗と警官侮辱罪も合わせて懲役3年刑でテキサスの刑務所に収監される・・・と、ここまでは、ほんの前哨戦だ。
 
 ここから先、スクリーンは俄然、色めき立つ。キツイ冗談場面もいっぱい出てくる。刑務所の中で、偉そうな所長の命令で、フットボールの予選試合をさせられる羽目になる。看守チームに対戦させられるのが、バートがクォーターバックを務めるしかないにわか作りの囚人チーム。所長が 「この刑務所の名誉のためだ、看守チームを勝たせてくれたら、何ヶ月かですぐここから釈放してやる。八百長はお手のモノだろ」 といやらしい裏取り引きを迫ってくる。バートは自由釈放が条件ならと承諾してしまう。
 そして、試合の日。でも、前半戦、囚人チームは日頃イジメられてきた看守たちにここでうっぷん晴らしとばかりに乱暴な反則をしながら勝ち進む。困っていたクォーターバックのバートがこっそり呼ばれる。「これだけ大勢の町の人たちも観ているのに、看守チームが負けてしまったらオレの恥。オマエは終身刑だからな、とにかく負けろ!」 と、権威を笠に着て生きてきた所長が脅迫にかかる。そこで、バートは仲間の終身刑の爺さんに訊ねる、「アンタも昔、あの所長に逆らって、刑期が延びたんだろ、今までの人生を悔いたことはないか?」 と。爺さんは 「何の悔いもないよ。あんたこそ、チームをどうする気なんだ?」 と返す。もう冗談も止めだ。バートは、ラストゲームに向けての決断をする。クソな所長の人生に一泡吹かせてやるか! と。
 
 *
 
 捨て身で生きている人間はカッコいい。威張っている人間はみっともない。健気に生きて、“決断” する人間はとても清々しい。さあ、春本番だ。決める時には決めよう。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは2013年4月2日より絶賛発売中!

 
 
 
 

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