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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第11回はベトナム戦争後遺症映画と呼ばれた 『ローリング・サンダー』(1978年・アメリカ) から、“原点に帰る”。
 
 
 前回は、見る者を挑発し、世の中にケンカを売るような映画を作り続けた、故・大島渚監督のことに触れたばかりだけど、ホントに、大島の映画はどれもこれも知的興奮を呼んで、覚醒するか混乱するかはともかく、その辺の三流ハリウッド映画の勧善懲悪の悪夢よりは断然オモシロいから、もしも回顧上映などやっているところを探し出せるなら、たまには休暇旅行に出かけるつもりで、ぜひ観に出かけてほしい。DVDでも見られるけど、やっぱり、劇場のスクリーンの前に立ちはだかって、挑み返す気持ちで観てほしいね。自宅のブルーレイで見る映画も映画だけど、とりわけ、大島の若かりし頃のモノクロ映画なんて “銀幕” で観ないと、心に突き刺さってこないし圧倒されないから。――今更だけど、銀幕ってわかるかな、スクリーンは全面が銀色の幕でできている。手に触れるぐらい近寄れば、その銀の幕には細かい穴が無数に空いていて、その穴から、俳優の囁き声や拳銃の発砲や水滴の滴り音が出るように、実は、幕全体が大きなスピーカーにもなってるんだわ・・・。
 
 この前、ボクもアメリカのハリウッドまで、BS番組の取材旅行に行って帰ってきたばかり。世界の映画館からフィルムが消え、デジタル上映が主流になった今、映画自体も35mm幅のアナログフィルムで撮られなくなってきたので、そこで、フィルムへの原点回帰に挑んだ 『バットマン・ダークナイト』 などで使われた大型キャメラで有名なアイマックス(IMAX) のロス支社に見学に行って、映画の未来を考えてきたというわけ。
 でも、いくら世界一幅広いフィルムでバットカーの激しいアクション場面が撮られようとも、たかだか一千万画素数のデジタル上映では、あの漆黒のキメ細かな (さらに何千分の一の) ハロゲン銀微粒子が詰まったフィルム画像にはまだまだ追いつけないことも判った。あらゆるものにデジタルが席巻している。人の心まで、1か0かと迫られる時代。大島のポルノ 『愛のコリーダ』 までアイマックス劇場で眺める必要はないだろうが、昔ながらのアナログフィルムのあの映画らしい質感は、もう取り戻せないのだろうか。
 
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『ローリング・サンダー』 1978年・アメリカ
DVD ¥5,040(税込)
発売 / 販売元:紀伊國屋書店
 
 デジタル映画など全くなかった78年、『ローリング・サンダー』 は主役たちも有名でなかったし、映画館に客はいなかった。ボクがふらりと入った小屋も、僅か5人ほどで、特等席を好きに選んで観た。“轟きわたる雷鳴” とタイトルからしてカッコ良く、観る前からゾクゾクしたものだった―――。
 
 北ベトナムで長い間、捕虜になっていたアメリカ空軍の少佐が、戦争の終焉で、故郷テキサス州のサンアントニオへ部下の軍曹と共に帰還する。町では英雄歓迎の式典が待っていたが、二人の戦士の心は空っぽのまま。ベトコン軍の酷い拷問で自分を殺してきたし、そうしないと地獄では生きられなかったのだろう。無口な軍曹を演じたのはデビューしたての若き青年トミー・リー・ジョーンズ。缶コーヒーのCMや 『メン・イン・ブラック』 で今やすっかり馴染みのあの親爺さんだ。さすがに、もう頬肉の張りは取り戻せそうにもないが、当時から、老成した渋さも漂わせた武骨漢だった。人は変わらない。いや、変わりようがないし歳月を重ねるだけだ。 
 でも、遠いベトナムで潰えた時間は問答無用な仕打ちをする。留守を預けていた妻から告白される。もう夫は帰ってこないと思って、町の若い保安官と新しい生活を始めたと、息子もいるのに愛想を尽かされる。戦争はロクなもんじゃない、でもそれならいいよ好きにしなと妻を許してやる。テキサスに帰って来たはずなのに、少佐の心はそこになかった。そして、事態は急転する。帰還のお祝いに町から贈られた銀貨のつまったカバンを狙って、国境を越えたメキシコから強盗団が現れる。あっという間に妻子は撃ち殺され、少佐も、キッチンシュレッダーで片手を砕かれてしまう。もはや捨てるものはない、過去もない。復讐することが生きていく証しなのだと、彼は、自分に言い聞かす、まるで鳴り渡る雷のような決意で。義手をつけてモノを掴む練習を始め、行きずりのレストランの女に、やることがあるので手伝ってくれと言う。ショットガンの銃身を短く加工して射撃訓練をして、目指すはメキシコのならず者が巣食う売春宿だ。そして、田舎の実家で虚ろなまま寄る辺なき日々を過ごしていた戦友の軍曹を誘い出すと、もう、二人の眼には、いつかの暗い光が再び放たれる瞬間が迫ってくるのだ。逃げまどう娼婦たち、火を噴く銃たち、吹っ飛ばされるならず者たち。二人も血まみれになって、二度目の死に場所を求めるように戦う。敵を皆殺しにした後、少佐が軍曹に声をかける、「ジョン、帰ろう」。――封切り当時、べトナム戦争後遺症映画とも呼ばれた。果たして二人は、彼らを育んだわが心の故郷に帰ることができたのだろうか・・・。
 
 
 モノやコトの原点に立ち返って、根本的に自分を見直すことを “ラジカル思考” ともいう。アナログフィルムかデジタルか、映画の行く末は別にしても、ボクも、自分の原点に帰ってみたい。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは2013年4月2日より発売予定。

 
 
 
 

 

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