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久しぶりに実用書をと思い、取り上げた一冊。著者でビジネスセミナー講師の犬塚壮志氏は元駿台予備校の化学科講師です。ちなみに駿台予備校は講師に採用されるのが業界で最も難しいそうで、そこで著者は当時最年少の25歳で採用されて教壇に立ち、同校の講義用テキスト、模試の執筆、カリキュラム作成にも携わったとか。経歴からは、現在テレビで活躍中の林修氏が思い浮かびますね。
 
本書のスタンスが一目でわかる箇所を2つ、最初に紹介します。まずは本文の文章から。著者は予備校時代、初回の講義では生徒たちに必ずこう言っていたそうです。
 
「ボクが授業をする目的は、キミたちが点数を取れる学力を身につけられるようにすること。これを最優先にするね。この教室にいる以上は、何が何でも第一志望の大学に受かりたいはずだ。だからボクは、キミたちの得点力を徹底的に上げることにこだわった授業をする。それは約束する。ただ、それ以外のことは二の次だと思ってほしい」(第4講 p113,114)
 
スタンスがわかる箇所2つ目は、順番的にはこちらが先なのですが、「はじめに」に出てくる4象限図です。「説明のしかた」(わかりにくい↔わかりやすい)を横軸に、「内容のレベル」(↕上が難、下が易)を縦軸にとったこの図。最も価値があるのが右上第一象限「難しい内容×わかりやすい説明のしかた」、最も価値がないのが左下第三象限「易しい内容×わかりにくい説明のしかた」なのは順当ですが、中間の第二象限と第四象限について、本書は右下第四象限の「易しい内容×わかりやすい説明のしかた」をより価値が高いとします(◎、○、△、×で表記)。
 
書評の読書でも普段の読書でも、未知の事柄、未知のものの見方、感じ方や考え方と出会うのが嬉しい評者としては、左上第二象限が△になっているのに対して一瞬、「えっ!?」と思いました。ですが、△の透かしの上に濃く「わからない(学習にならない)」とあるのを見て納得。ちなみに第四象限は○の透かしに重ねて「みんながわかる(差別化にはならない)」です。著者はこの図を「説明価値のマトリクス」と呼んでいるそう。“理解”や“内容”の価値ではない以上、○△の割り振りがこうなるのは当然なのです。
 
ただ、評者としてはどうにも割り切れない気持ちが残ります。搦め手からの説明になりますが、評者は常々、いつ頃からか黄金律のように言われはじめた「説明できないことは理解したことにならない」について、そんな馬鹿な話があるか、と思っていました。過度に実証性を重んじるあまり、また万人に再現性を求めるあまり、説明できる・できないの現象面でしか相手の理解度を評価できなくなっているのではないか。「説明できなければ理解していないのと同じだ」と言いながら、そういうことを言う人は、「俺にわかるように説明できないと理解したことにしてやらないぞ」と言っているだけではないのか。黄金律の中身は逆ギレではないかと思ったわけです。
 
背景には、評価する側が鈍くなった、あるいは、評価する側にとっても評価の仕方がプラグマティックなもの以外許されなくなった事情があると思います。このあたりは成果主義がもてはやされて広まったのと連動しているでしょう。でも、例えば禅宗では、師匠が弟子に衣鉢を託すにあたり、その弟子が他の弟子たちに比べて何もはかばかしいことを言わなくても、教えを正しくわかっているかどうかはちゃんと師匠はわかっているのだそうです。インプットしたものの価値は本来それだけで成立します。アウトプットされたかどうかとは無関係。でも、プラグマティズムが行き過ぎるとそこを分けなくなります。これはまた、反知性主義が誤解されて広まった動きと連動していると思います。
 
いずれにせよ、説明も理解も偏った仕方では上手くいくはずがありません。その点を注意したうえで、本書が教える「相手に理解してもらいやすくなる説明の仕方」から、印象的だった箇所をいくつか抜き出してみます。
 
「私の経験上、相手の欲をまったく異なる別の欲にすげ替えても、‥略‥それよりも、聴き手が今もっている欲にかぶせて、それ以上の大きな欲にしてあげることのほうが効果は大きいのです。」(第2講 p59)
 
経験を根拠にしているからこの箇所は反知性主義でしょうか。違います。かといって知性主義でもない。経験から語ること自体は知性主義か反知性主義かという対立軸の外にあります。あえて言えば、こういった切り分けができるようになることが知性主義です。
 
「私はこの最上位にある目的を“真の目的”と呼んでいます。‥略‥何かの説明をするときに、この“真の目的”が互いに共有されているかどうかが、相手の理解の深さに大きな影響を与えていると考えています。私も経験があるのですが、こういった理念などの“真の目的”を共有していなかったときの会議では、‥略‥全然まとまらないのです。」(第4講 p120、121)
 
ここでいう“真の目的”は企業の理念やビジョンのこと。職場にはこのレベルにコミットしたくない人は一定数います。それ自体は悪いことでも否定されるべきことでもありません。ですが、その一定数の中に、能力的にぜひ理念を共有して参加してほしい社員がいたら、どう引き込むか。この段になってもまだ説明の仕方をあれこれ考えているようでは、その社員を振り向かせることはできないでしょう。ここでは反知性主義が正解です。
 
本書2~8講の最後には、著者が“わかってもらう説明の黄金フォーマット”と呼ぶ「IKPOLET(イクポレット)法」について、すぐに真似できる即効フレーズがそれぞれ付いています。「●●がわかると、‥‥‥ができるようになります!」「よく見る●●って、実は××なのって知ってた?」などなど。評者の理解ではこれらのフレーズは、タイトルのいう「頭のいい説明」ができるようになることよりも、成功体験を積んで声や態度に自信が備わってくることのほうに、活きてくるような気がします。「これは聞かなきゃ」とまず相手に思わせないと、説明も何も始まらないですからね。
 
(ライター 筒井秀礼)
『東大院生が開発! 頭のいい説明は型で決まる』
著者 犬塚壮志
株式会社PHP研究所
2018/5/1 第1版第1刷発行
ISBN 9784569837987
価格 本体1500円
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(2018.12.12)
 
 
 

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