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一緒に仕事をさせていただいている経営者でコンサルタントのSさんは、いつも、2つの円を重ねた図で自身の仕事観を説明されます。1つが仕事をする「目的」、もう1つが「目標」。そして2つの円が重なりあう領域が「やるべきこと」です。
 
Sさんいわく、目的は円全体で1つであり、常に一定で変わらない。ブレない。でも、目標は円のなかに複数があり、外的要因によっても入れ替わるし、重なりあう領域に入るものも時々変わる。それにつれてやるべきことも変わる。また、目的と違って目標には時間の概念があるから数年単位、月単位、週単位というふうにスパンがある。だからやるべきことは時系列的、かつ重層的になる。目的、目標、やるべきこと。それぞれの特徴と関係を意識していれば、大抵のことは間違わない、ということです。
 
すぐわかるように、このモデルは応用が利きます。「仕事」の代わりに「人生」や「事業」を当てはめてもいいわけです。こういった考え方は本書第1章、「説得力を上げる方法 フレームワーク×レヴィ・ストロースの構造主義」で書かれている内容に該当するでしょう。次会うときに「Sさんの仕事観って、構造主義的ですね(キリッ)」とか言ってあげたら、ご本人、どんな顔をされることやら。
 
本書は哲学者で山口大学准教授の小川仁志氏の著書。小川氏は京都大学を卒業して伊藤忠商事に勤め、フリーターを経て市役所勤務も経験してから学位をとった変わり種の哲学者です。「はじめに -開講式」には、本書の目的について「仕事に哲学を取り入れることで、どのように企業の活動や個々人の仕事が変わってくるかお話ししたい」とあります。つまり本書は、よくありがちな「いかにビジネスについて哲学的に語れるようになるか」を目指す本ではありません。哲学することと哲学的であることは違うからです。
 
内容は小規模のゼミの感じで進みます。架空の人物でしょうか、38歳のビジネスマンの男性、社会人4年目で転職を迷い中の26歳の女性、就活を考え始めたばかりの21歳の男子学生という3人のゼミ生が登場し、小川先生がレヴィ・ストロース、九鬼周造、ヘーゲル、デカルト、西田幾多郎といった内外の哲学者を回ごとに現世に呼び出して解説してもらい、質問や感想を出し合うスタイルです。なので、決して難しい議論にはなりません。出てくる哲学者の本を読んでいなくても、哲学用語を知らなくても大丈夫。全10回の講義のテーマは以下の通りです。
 
Lecture1 説得力を上げる方法 フレームワーク×レヴィ・ストロースの構造主義
Lecture2 仕事の質を高める方法 イノベーション×九鬼周造の偶然性
Lecture3 企画力を上げる方法 デザイン思考×三木清の構想力
Lecture4 働き方を変える方法 ワーク・シフト×ヘーゲルの承認論
Lecture5 成果を上げる方法 AI×デカルトの情念論
Lecture6 売上を伸ばす方法 ビッグ・データ×ルソーの一般意志
Lecture7 プロジェクト遂行力を高める方法 リーダーシップ理論×マキアヴェッリの君主論
Lecture8 グローバル人材になる方法 グローバリゼーション×西田幾多郎の純粋経験
Lecture9 仕事の効率を上げる方法 カイゼン×デューイのプラグマティズム
Lecture10 心配りを高める方法 オモテナシ×和辻哲郎の間柄
 
評者としては前半を特におもしろく感じました。これは「あとがきにかえて -打ち上げの座談会」の章で語られるように、たとえば1章の構造主義も、著者は総論のつもりで意図的に最初にこれを持ってきたそう。次いでイノベーションと偶然性、デザイン思考と構想力と続く流れは、「ビジネスをフレームワークで考えるということがどういうことなのか」をイメージさせて、「思考回路がそういうふうに」なっていくようにさせる狙いのようです。
 
思考回路をつくっていく過程がおもしろい――これこそ哲学することの醍醐味です。私見では3章までに本書のエッセンスが詰まっています。さらに余裕がある人は4章のヘーゲルの承認論まで進めば、いったん哲学的思考の完成は見られるはず。そうしたら、ご自身の事業や人生について、Sさんのようにフレームワークをつくってみてください。きっとオリジナル感のあるものがつくれます。そしてそれを人に語っていれば、誰かに突然、「**さんの考え方って、ヘーゲル的ですね(キリッ)」なんて、言われるかもしれませんよ。
 
(ライター 筒井秀礼)  
 
『仕事が変わる哲学の教室』
著者 小川仁志
株式会社KADOKAWA
2016/6/23 第1刷発行
ISBN 9784046015655
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価格 本体1400円
(2016.9.28)
 
 
 
 

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