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義務? 努力義務? どっち?

 
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ICHIMA / PIXTA
昨2020年3月末に成立した改正高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)、通称「70歳就業法」が今月施行された。昔は60歳定年が普通だったのが、前回2013年の改正で希望すれば65歳まで何らかの形で働き続けられるようになり、現在多くの希望者が「嘱託雇用」で、いったん定年退職して再度雇用契約を結んでから働いている。2021年現在の最新データ*1によると、継続雇用制度がある企業のうち定年退職させずに雇う「勤務延長」の制度がある企業は7.1%にとどまるから、ほとんどは嘱託再雇用と言っていいだろう。
 
今回の改正法はこれをさらに進めて、
・希望すれば全員が70歳まで働ける形を整備することを、2021年4月から全企業の〈努力義務〉に、
・希望すれば全員が65歳まで働ける形を整備することを、2025年4月から全企業の〈義務〉に、
それぞれした。
 
背景には国民年金の受給開始年齢を65歳から70歳に、厚生年金の受給開始年齢を60歳から65歳に、引き上げる事案がある。今は〈努力義務〉だが数年のうちに〈義務〉になるのは既定路線だとささやかれている。改正は高齢者の就労意欲に応える以外に、65歳になる前に退職すると無収入の期間が生じ、それは政策によって生じる無収入状態であるため政府としては補填策を講じる必要があった、そこで企業に助力を求めたという面もある。
 
本当であれば、いかに政策によって生じる無収入状態といえどもそれを補填する「義務」が即自動的に政府に生じるかどうかを原理的に議論してもよかったはずだが、そうはならなかった。年金保険財政の危機を国民に周知して「こうせざるを得ないから各自備えてほしい。その代わりにこれをこうすることができる」という方向に持っていくのも政策のうちだと思うのだが、政治家が有権者に忖度したと言うべきか、現役世代が時の政府と結託したと言うべきか。
 
 

「70歳就業法」で検索した風景

 
ともあれ本稿の趣旨はそこではない。法案成立から1年経ち施行月を迎えた今、ネット上の一般風景をアーカイブ的に記録しておきたいのである。
 
本稿の執筆は2021年3月10日。この時点で「70歳就業法」で単語検索をかけると、厚労省の関連ページ*2が検索トップに上がり、次に社労士事務所の2020年12月18日付の解説記事が*3、続いて高齢者転職紹介サイトの経営者による2020年5月の寄稿記事が*4出る。それらの後にNHKの2020年11月23日放送『時論公論』*5が4番目に上がり、5番目に今年1月19日「yahoo!」の「マネーポスト」からの転載記事*6が入る。
 
ちなみにこの記事の取材相手は検索3位の高齢者転職紹介サイトの経営者。同一人物である。以降、6番、7番、8番と今年の記事が続き、2ページめはほぼ今年の記事で埋まっている。
 
検索結果は個人のネット閲覧履歴に左右されるから一概に同じとは言えないが、304万件がヒットする単語だから、さほど違いは出ないのではないか。まずはこれを一般風景のいっぽうとする。
 
 

「70歳就業法 批判」で検索した風景

 
そしてもういっぽうは「70歳就業法 批判」で検索してみる。批判勢の一般風景はどんなものか。
 
検索トップはNHKの2020年3月17日放送の『視点・論点』。2月4日の閣議決定を受けた解説で、国会で法案を審議している最中の記事だ*7。検索ワード「批判」でヒットするにしてはまったく批難の論調ではなく、むしろ「なるほどそこか」と思わず膝を打つ論点が深掘りされていて建設的だが、先に検索結果の抽出を急ぐ。
 
2番目は日経新聞の2019年6月4日の同紙マーケット面名物コラム『大機小機』で、タイトルは「70歳終身雇用を強制するな」*8。3番目は「キャリコネニュース」2020年2月7日の記事で、タイトルは「70歳まで働け?就業法改正案に不満噴出「年金のために無茶させるのやめろ」「死体に鞭打つ法」」と禍々しい*9
 
最初に「5ちゃんねる」のスレッドを引きながら不安をあおり、「不安が募るのも無理はない」とフォローする構成は熟練の寄稿ライターを予想させるが、秀逸なのは、オチで2月4日放送の「ワールドビジネスサテライト」で定年退職後の人たちを人材派遣のパソナが大量採用した話題があったと紹介する点だ。総じて「批判」を入れた検索記事のほうが指摘にバリエーションがあっておもしろい。「70歳就業法」だけだと大体どの記事も指摘の要点は一つに限られている。これについては後述する。
 
 

人事版「ネオテニー進化」の功罪

 
検索4番目は東洋経済の2020年10月23日記事。タイトルは『「70歳定年」で30~40代の昇進が絶望的な理由 年功序列の「日本株式会社」は変われないのか』だ*10。著者は弁護士で名古屋商科大学経営大学院教授。この記事は、もっと真剣に考えておかなければならないのは2025年4月から〈義務〉となる65歳定年制のほうだとして次のように指摘する。
 
「定年が65歳に延長されれば、会社は社員の昇進を遅らせることで対応しようとする。メリットを受けるのは、2025年4月以降に60歳とか、役職定年のある会社なら55歳になってくる人々だ。
 つまり、1965年4月1日以降に生まれた人たちか、1970年4月1日以降に生まれた人たちである。彼らは、60歳で定年または55歳で役職定年を迎えると思っていたのに、それが突然5年延長される。給与をもらう時期が5年延長されることになり、生涯所得もかなり増える。
 しかし彼らよりも5年、10年後に生まれた人たちにとっては、迷惑でしかない。上が役職にとどまるのだから、自分たちの昇進が遅れる。給与も上がらない。人生設計が狂ってくる。」
 
さしづめネオテニー進化の人事版と言うべきか。これも言われてみなければなかなか気付けない指摘でおもしろい。そして5番目に2020年3月27日の東京新聞の記事が続く*11
 
批判勢の一般風景ですぐ気付くのは、記事が2020年のもので占められていることだ。施行年の記事は検索3ページめで2つあったものの、中身は批判でも批評でもない肯定記事で、うち一つにいたってはパソナの高齢者向けキャリア形成サポートサービスの開始を報せるプレスリリースだった。つまり、批判ないし批評的見地からの今年の記事は皆無である。
 
 

万機公論に決すべし

 
ここからわかることは、批判ないし批評的見地からの論調は法案が成立し施行される直前までの約1年でネットでは――つまり現代の最もスタンダードな情報環境では――下火になるという事実である。当たり前といえば当たり前だろうが、それでよい事柄とそうでない事柄があるわけで、施行のタイミングで批判勢の風景を記録しておくことは、受け身一辺倒になりがちな情報環境に対しメタな立ち位置を保たせる効果があるだろう。
 
また、本稿は先に「70歳就業法」だけで検索すると大体どれも指摘の要点が一つに限られているとした。その要点とは、今回改正で加わった「創業支援等措置」である。
 
従来の「就業確保措置」は「定年引上げ」「定年廃止」「継続雇用制度の導入(≒嘱託再雇用)」の三択で、いずれも雇用による措置だった。それが今回から「業務委託契約」も認められるようになったので、「形だけ個人事業主にすることでテイよく労働関連法の適用外にするための措置だ」という指摘なのだ。
 
この点も大いに是非を論じればよいのである。時勢に風化させず。メタな視野から両方の風景を眺めて。個人事業主化による社会活性のメリットに照らして。人事版ネオテニー進化の社会的功罪にも照らして。「万機公論に決すべし」である。
 
 
 
*1 民間企業の勤務条件等制度調査・令和元年度版(人事院)
*2 高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~(厚生労働省)
*3 2021年4月施行!高年齢者雇用安定法~70歳雇用時代の到来~(後藤労務管理事務所)
*4 誤解してはいけない「70歳定年」、70歳就業確保法で示された「7つの働き方」とは?(ビジネス+IT)
*5 幕開け 70歳現役社会 ~『70歳就業法』とは?(NHK解説室)
*6 4月に施行される「70歳就業法」で日本の定年制度は事実上消滅する
*7 70歳就業継続 課題と可能性(NHK解説室)
*8 70歳終身雇用を強制するな
*9 70歳まで働け?就業法改正案に不満噴出「年金のために無茶させるのやめろ」「死体に鞭打つ法」
*10 「70歳定年」で30~40代の昇進が絶望的な理由 年功序列の「日本株式会社」は変われないのか
*11 <働き方改革の死角>高齢フリーランス 審議わずか 「一括法案」衆参委5日で終了へ
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.4.7)
 
 

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