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内定辞退率予測データの波紋

 
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Elnur / PIXTA
リクルートキャリア社による就活生の内定辞退率予測データの販売が物議をかもしている。昨年3月に始めた求人企業向け情報サービス「リクナビDMPフォロー」を個人情報保護委員会が問題視し、今年7月初めに調査に入ったのが発端だった。同社は同月末にサービスをいったん休止。日付が変わった翌8月1日からは一日刻みで、公式見解発表、プライバシーポリシーの不備把握、その修正と続き、4日付けでサービスの廃止を決定した。
 
しかしそれで収まるはずもなく、8日には根本匠厚生労働相がデータ購入企業38社についても個人情報取り扱いチェックの必要ありとの認識を示すに至り、報道から約3週間が経過した先月21日、自分の情報が使われたかどうかを就活生本人が確認できる特設ページがリクナビサイト内に設置された。なお日経新聞の報道によると、該当者がログインすると確認結果とともにお詫びのメッセージが表示されるが、データ販売先の企業名、何社に販売したか、辞退率がどれぐらいと予測されていたかについては確認させてもらえないそうである。
 
本件に限らず、個人の行動・属性データがGAFA(ガーファ)と呼ばれるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの4社をはじめとする(ヒエラルキーの頂点とする?)デジタル・プラットフォーマーたちによって恣意的かつ自社利益誘導的に使われかねない状況にあって、「情報銀行」が注目されている。
 
 

情報銀行とは何か

 
政府は一昨年発表の「未来投資戦略 2017」において、「個人の関与の下でパーソナルデータの流通・活用を進める仕組みであるPDS(Personal Data Store)」「情報銀行」「データ取引市場等」の3つをあげ、個人情報の利活用も新たな産業価値創出の源泉にしていくことを明示した。大和総研のレポートを見ると、特に情報銀行に関しては、2019年は具体的な動きが目白押しで、今年は「情報銀行元年」と言えそうである。
 
情報銀行とは何か。定義は総務省の「情報信託機能の認定スキームの在り方に関する検討会」が昨年6月にまとめた「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」から引かれることが多いが、本稿では同検討会の最新の会議資料から引用しよう。定義の他に考え方や機能もわかるからだ。
 
「「情報銀行」は、実効的な本人関与(コントローラビリティ)を高めて、パーソナルデータの流通・活用を促進するという目的の下、本人が同意した一定の範囲において、本人が、信頼できる主体に個人情報の第三者提供を委任するというもの。
【機能】
・個人からの委任を受けて、当該個人に関する個人情報を含むデータを管理するとともに、データを第三者(データを利活用する事業者)に提供することであり、個人は直接的又は間接的な便益を受け取る。
・本人の同意は、使いやすいユーザーインターフェイスを用いて、情報銀行から提案された第三者提供の可否を個別に判断する、又は、情報銀行から事前に示された第三者提供の条件を個別に/包括的に選択する方法により行う。
【個人と情報銀行の関係】
・情報銀行が個人に提供するサービス内容(情報銀行が扱うデータの種類、第三者提供先となる事業者の条件、提供先における利用条件)については、情報銀行が個人に対して適切に提示し、個人が同意するとともに、契約等により当該サービス内容について情報銀行の責任を担保する。」(第13回会議配布資料 p7より)
 
長くても最初に丁寧に理解しておけば後はイメージで要約できる。情報銀行は喩えるなら執事(バトラー)だ。専門家は「他者の信認を得て一定範囲の任務を遂行すべき者」という意味のfiduciary(フィデューシャリー:受託者)という英米法の語を当てるが、一般の我々には語感のニュアンスも込みで「執事」が理解しやすいと思う。
 
 

一周目は社会の全体利益の最大化

 
ただしこの執事、主人である我々の利益の最大化を常に優先するかというとそうでもない。先の会議資料の2章「個人による情報銀行の選択等」に次の一文がある。
 
「情報銀行は、例えば「信託」のようなかたちで個人にとっての利益を最大化することが義務づけられているわけではなく、情報提供元・情報提供先等他の関係者の利益についても考慮する場合がある。」(同資料 p16)
 
つまり、検討会の名称にもある「情報信託」からの連想で個人情報を元手に投資信託銀行のような働きをしてくれると思うと間違うということだ。公正取引委員会がまとめた「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査」からは今や一般の個人も自身の個人情報に経済的価値があると知っている様子がうかがえるが、情報銀行の意義は少なくともその一周目においては社会の全体利益の最大化である。実際、情報銀行業に参入する企業が個人への対価として想定しているものは、デジタル通貨(企業通貨、地域通貨、ポイント)や情報(店舗情報、お得情報、新商品や体験・イベント情報)が最も多く、次が金銭(情報提供料)だ。過度な期待は禁物である。
 
 

データポータビリティという権利

 
とはいえ、自身の信任する主体に情報管理を一括で委ねたいニーズはそれなりに大きいだろう。何せめんどくさいことはしたくないのが人間の本能だ。(いったい我々はログインIDとパスワードだけでいくつの個人情報を管理しているというのだ?)
 
同じ理由で、情報銀行と対になるデータポータビリティについては、実際には一般の個人が使うことはさほどないと思われる。データポータビリティは日本の個人情報保護法制が以前から参考にするEUのGDPR(General Data Protection Regulation)が新たに導入した権利概念で、個人が管理者(情報銀行)に提供した個人データを「構造化された、一般的に用いられる機械可読なフォーマットで受け取る」とともに、「技術的に可能な場合には、データ主体は当該個人データをある管理者から別の管理者に、直接的に移転する」権利のことである。
 
注意すべきは、権利は使わないならどうという話ではないということである。東洋大学准教授の生貝直人氏は『Jurist』2019年7月号の特集で「統治権力は、最終的には被統治者の離脱可能性によって制約される」と記している(データポータビリティの定義も同記事から引用)。個人はデータポータビリティという名の“離脱可能性”によって統治権力を無効化する術を法により保障されるべきで、「使わないなら要らないよね」と仕向けてくる資本の論理をそこで解体できる。
 
 

セキュリティの技術力と資力

 
この「使わないなら要らないよね」の感覚は、当初Twitter上でリクルート内部の人らしきアカウントが「だって同意してるし」を根拠にすべての批判を否定しようとした感覚と同じものを思わせる。結局その後リクルートキャリア社が一部学生の同意がとれていなかったことを発表して根拠は崩れたが、保険契約にしろ個人情報の提供にしろ、プライバシーポリシーや約款を一般の個人が精査判断している建前で成立させること自体に無理があることは社会全体の懸念だったはずだ。いつかあの問題にちゃんと向き合い、実態に即したシステムに替える必要があった。情報銀行はその一つになるだろうか。
 
いずれにせよ、とにかくセキュリティが万全完璧であることが求められる。暗号通貨ベンチャーが時々ハッキング被害にあって謝罪会見を開くあのレベルでは事は収まらないからだ。先日の「7Pay」はこの点に割くべきリソースを甘く見て失敗した。日々セキュリティを保つ技術力とそれを支えるための資力は、情報銀行業とデータ取引市場のビジネスで確保できるのか。「情報は21世紀の石油」とする立場からは「できる」と即答されるだろうが、その判断は筆者の能力に余る。リクルートキャリア社の内定辞退率予測データは一社400~500万円で売れたそうではあるが。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2019.9.4)
 
 

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