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近鉄ハルカスコインの実験

 
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Sorao-N / PIXTA
大阪市から和歌山県、奈良県へのターミナル駅として知られるJR天王寺・近鉄阿部野橋駅界隈で、10月初日から今月の10日にかけてある社会実験が行われている。近鉄ホールディングスが「あべのハルカス」周辺エリアで実施している電子地域通貨「近鉄ハルカスコイン」の第2回実験である。
 
昨年9月1日からの第1回に比べ、今回は期間を2倍以上に延長。通貨利用可能店舗も近隣の商業ビルや商店会を巻き込んで約400店に倍増し、参加者は前回5000人の募集だったところ、165万人いるKIPS(キップス)会員から希望者全員を参加可能とした。利用者1人あたりの発行(チャージ)額上限は前回の5000円から一気に10万円。第1回で購買処理、決済速度とも実用性が証明されたことで、運営側は自信を持って2回目に臨んだようである。
 
 

電子マネー決済が状況を変えた

 
ICカードやスマートフォンを使った電子マネー決済が普及するにつれ、地域通貨が再び注目されている。以前のブームは1990年代終わりから2000年代前半にかけて起こり、ピーク時は全国に約3000種も地域通貨があったが、紙券の印刷・配送・保管や利用先店舗での精算事務といったコストに見合うほどの経済効果がないことなどから、大半が消えていった。成功した地域通貨も、域内人口の減少にともない使う人の固定化・高齢化が進み、利用先店舗が減り、規模が縮小していた。
 
そこに電子マネー決済が普及した。特にスマートフォンを使った決済方式(QRコード決済や電子スタンプ方式)は従来より25%から30%コストが削減できるうえ、利用者の利便性、店舗側の事務負担ともに以前とは比べ物にならないほど改善されるとあって、各自治体が「今度こそ!」と期待しているのである。
 
 

ポイントも地域通貨の一種

 
実は、TポイントやWAON(ワオン)ポイントなどの商業ポイントも地域通貨の一種だ。自治体や商店街が発行する通常の地域通貨と違う点は、それらが物理的な地理空間を圏域とするのに対し、商業ポイントは同一企業や企業グループ内を圏域にすること。だから地域人口の制約と関係なく全国に利用者を担保でき、利用先店舗を各地に展開してそれがまた利用者の拡大を生むというネットワーク外部性を働かせることができる。事実、提携を進めた企業や企業グループ同士は双方のポイントを交換あるいは共通化することで相互に利用者を拡大し、今日ではいわゆる「ポイント経済圏」が出現している。
 
おもしろいのは、利用者を融通しあう中で発行主体によってまちまちだったポイントと法定通貨の交換レートが平準化していった(1ポイント=1円)ことである。A社ではポイント利用時に1ポイント5円で換算するがB社では3円止まりというのでは利用者の理解が得られない。そのようにして、高レートで顧客ロイヤリティを獲得していた側がいわば妥協する形で双方が利用者拡大を優先した結果、「ポイント経済圏」は少なく見ても2014年に発行額8495億円、2022年は1兆1000億円と推計されるまで広がった(野村総合研究所資料より)。
 
 

地域通貨は商業ポイントに対抗できるか

 
地域の購買力の域外流出を防ぐため地理空間の制約をむしろ前提とする通常の地域通貨は、企業グループの商業ポイントに対抗できるだろうか。
 
例えば2015年6月から9月にかけて広島県の助成で広島銀行が発行したICカード型のプレミアム付き商品券「HIROCA(ヒロカ)」は、25%という高いプレミアム率(5万円で6万2500円分)に加えて、県内23市町に広がる同行提携先200 店舗および商店街等の個店450店舗で使えたことと、県の交通系 IC カード「PASPY(パスピー)」としても使えるようにしたことで39億8024万円という発行実績を上げた。2016年2月に取り扱いを終了したが4月からは利率2%(厳密には2.0204%。4万9000円のチャージで5万円)の地域電子マネーとして生まれ変わり、利用者はなおも増加傾向という(内閣府地方創生推進室資料「HIROCA」公式サイトより)。
 
ユニークなところでは、長崎県の離島部(壱岐市、五島市、小値賀町、新上五島町、佐世保市宇久町、長崎市高島町、対馬市)で2013年に始まったプレミアム付き商品券の「しまとく通貨」がある。後に長崎市高島町と対馬市がぬけたものの、2016年からは県の助成に頼らず、方式も紙券から利用者のスマートフォン・携帯電話の表示画面に電子スタンプをおす方式へと替わり、モバイル端末で決済できる全国初の地域通貨になった。プレミアム率は20%(1セット5000円で6000円分の商品券)で、利用者アンケート回答者のうち6割が「しまとく通貨が来島の動機づけになった」と答えるほど評価された。
 
「しまとく通貨」の地域通貨としての特徴は、利用可能地域を域内の店舗に限る点は他と変わりないとして、利用者=通貨発行対象を域外在住者に限定したことだろう。発行実績は開始から3年間で計222万5000セット。これは法定通貨111億2500万円に対し133億5000万円分の地域通貨を発行した計算になり、一見すると22億2500万円の持ち出しだが、利用者が地域通貨を使うときの商品の価格は売値だ。かつ、原価は法定通貨建てで支払うはずだから、原価率8割でトントン、仮に7割まで抑えられれば33億3750万円の利益が残り、差し引き11億1250万円の法定通貨を域外から呼び込めたことになる。
 
あくまで理論上の単純計算で、それも使用期限内(発行日から14日間)に島に来て通貨を使ってもらわないと効果が現れないが、限られたエリアで年あたり3億7000万円という額は一定のインパクトがあるのではないだろうか。
 
 

コインは何で回るのか

 
ただし、「率の原資をどこから調達するか」はいずれもジレンマだ。これはプレミアム率ないし利率を下げれば済む問題ではない。
 
岐阜県飛騨高山地域で昨年末に始まった地域電子マネー「さるぼぼコイン」の利率は1%(1000円チャージで1010円)。地元の金融機関である飛騨信用組合の発行である。飛騨信組は利率の原資を県の助成に頼らずすべて自行で負担し、利益源は換金・送金手数料のみ。マイナス金利政策で普通預金の利息が0.001~0.02%だから利率1%は破格の高レートだが、住民に理解が広がって一定以上の利用につながらなければ負担ぶんは丸かぶりだから、ラクではない。
 
それでも地域活性化の火付け役を買って出たのは、地域密着の金融機関としての使命感が大きいだろう。銀行法をもとに株主のための営利活動を行う銀行と、中小企業協同組合法にもとづいて地域経済の発展を志向する信用組合とでは行動原理が異なる。商圏エリアの制限があるので地域の融資先の収益向上が自身の死活に直結するという特有の事情もある。
 
本当のことを言えばどこかでマネー経済の“域外”に原資を求めない限り問題は解決されない――例えばふるさと納税は返礼品の原資を自然の再生産能力に負っている――のだが、そこはひとまず措こう。市民の“理解と行動”でコインが回るなら、それもマネー経済の“域外”のものだからだ。
 
※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標
(ライター 筒井秀礼)
 
(2018.12.5)
 
 

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