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経営者の高齢化と後継者の不在

 
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Road17 / PIXTA
今年1月発表の帝国データバンクの資料「全国『休廃業・解散』動向調査」によると、昨年の休廃業・解散は2万4400件。倒産8376件の2.9 倍だ。8年連続で2倍超えが続く背景には、経営者の高齢化と、にもかかわらず事業承継が進まない――後継者がいない――問題があるという。
 
また東京商工リサーチが中小企業について調査したところによると、後継者の不在を理由とした廃業が年間約7万社にのぼり、うち49%、つまり半分が経常黒字のまま廃業しているという。経営的には問題はない、従業員もまだ働ける、取引先も顧客もちゃんとついている、なのに事業を畳まざるを得ない。そういったケースが日本中で増えているのだ。
 
 

事業承継か、継業か

 
この状況で近年注目されているのが継業だ。起業でも就業でもなく継業。もともとは農村地理学・地域経済学の分野から生まれた概念で、提唱者の一人と目される鳥取大学の筒井一伸教授の定義によると、継業とは「農山村にあるなりわいの経営基盤を引き継ぎ、よそ者視点で地域資源の再価値化、再活性化を担っていくこと」である。
 
通常の事業承継との違いは、1つには“なりわい”であるかどうか。“生業”と漢字で書かないのはおそらく、“生きるための収入を得る業”という意味にとられたくないからだろう。農山漁村振興の文脈で継業を論じる識者は、生きるための収入を得る営みは“仕事”、望みのライフスタイルがそれに合致したものを“働き”、さらにそれが地域資源を活用して地域で資源が還流する形で行われれば“なりわい”と、使い分けている。ただ、それだと農山漁村以外には適用しにくいので、一般的には通常の事業承継とは違うという意味で継業と言っているようだ。
 
ポイントは、継いでもらう相手は先代の子どもや社内の生え抜き社員でなくても、外から来た第三者でもよいと考えること。ということは合併・買収を受けて外部から経営者を迎える形もそれにあたるが、地方の中小企業や商店にそんな話はそうそう舞い込んでこない。都心で会社勤めを続ける息子に継ぐ意志がないことも多い。継いだとして、例えば中山間地の個人商店を息子の代でコンビニのFC店にしたところで、粗利の5割が本部への上納金として召し取られる(=地域に落ちない)のであれば、もはやそれは“なりわい”でも事業承継でもないだろう。
 
 

経営者志向の1タイプとして

 
「だったらどうしろというのだ」という問いに対して答えを試行するものが継業だと、ここでいったん定義を深めてみよう。そのうえで、継業が普及する条件を考えてみたい。
 
まず確認したいのは継業の長所だ。筒井教授によれば、近年、地方への移住促進策として行政が移住者の起業支援を行うケースが増えている。ただし、起業は基本的に本人がやりたい事業をやりたいようにやるものなので、地域で需要があるかどうか、成功するかどうかは未知数だ。それに比べて継業はあらかじめ事業ニーズが見込めるうえに、基本の経営基盤は確立されている。創業社長の肩書にこだわらないのであれば、イチから自分で資産(土地、建物、設備、従業員、取引先や顧客との関係、信用etc・・・)を準備して起業するより、事業のあり方や経営理念に共感した企業を――無償は難しいとしても――引き継いで発展させることのほうにむしろやりがいを見出すのは、健全な経営者志向の1タイプであるはずだ。
 
住宅市場のたとえからこのことを考えてみよう。日本は来年の5307万世帯を境に世帯数が減少局面に入るが、総務省統計局による直近のデータ「平成25年住宅・土地統計調査結果」を見ると、2013年時点ですでに約820万戸の空き家がある。賃貸や売却用でない320万戸を除いても約500万戸がダブついている状況だ。にもかかわらず新設住宅着工戸数は昨年も94万6396戸と高水準が続き、結果、住宅流通量における中古住宅の割合は欧米のわずか1/6にとどまる。
 
木造戸建て住宅を築20年経つと一律で無価値にしてしまう不動産業界の商慣行のせいもあっていまだに新築崇拝が根強い様は、経営者志望の人のほとんどが起業・創業――農山漁村振興の識者が言う意味での“働き”――しかイメージしていない様に重なる。それよりは、求められる場所に身を投じ、場合によってはなりわいに染まってみることも、選択肢にあっていいのではないか。
 
 

難点と世代感覚の違いを越えて

 
いっぽうで難点もある。すぐ指摘できるのは、先代が株主にとどまるなどして存在感を残すケースが出てくることだ。相性にもよるだろうが、先代を目の上のたん瘤ととるか、いざというとき相談にのってもらえる味方と思えるかは大きな違いである。先代側も、実質的に新経営者を自分の代役としてしか扱わないのならその継業はすべきではないだろう。
 
いずれにせよM&Aなどと違い金銭で進める事柄ではないだけに、腹を割って互いの考えや事情を正直に話しあい、関係を築きあげる他ない。負債状況は言わずもがな、旧経営者の他界後の事業資産の相続については親族も交えた話し合いが必要だ。労力がかかる。情実もからむ。むしろそのプロセスをつながりの醸成ととらえるぐらいの開けたマインドが継業には求められる。
 
意外なところでは「住居と事業所の近接」という問題もあるようだ。筒井教授が「農山村に特有かもしれないが」と断りながら報告するところでは、店の裏に高齢の先代が住み続けていてなんともやりにくいというのはよくある話だそうである。1階が店で2階が住居という地方のスナックの例が思い浮かぶが、企業でも、1階の事務所は明け渡すが2階には住み続けるというのでは、確かにいろいろと難しいだろう。
 
昭和の時代には「住宅すごろく」の神話があった。「アパート賃貸→結婚→分譲マンションを借りる→分譲マンション購入→分譲マンション売却→郊外に新築戸建てを買って上がり」だ。同様に“継業”についても「後継者にできるだけ高値で売却→資産家になって上がり」を考えているようなら、時代に合わないから見直したほうがいい。継業普及のカギは経営者志望者の選択肢の問題を除けば、案外そのあたりの世代感覚の違いを埋められるかどうかにかかっているのではないか。
 
折しも今月早々、個人事業主の生前譲渡を許認可不要にする案を政府が検討する見通しが報じられた(日本経済新聞11月1日イブニングスクープ)。手続きが簡素化されれば事業主にとっては大きな朗報だ。継業もこれを機に普及が進むことを期待したい。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2018.11.7)
 
 

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