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インシュアテックとは?

 
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さわだ ゆたか / PIXTA(ピクスタ)
テレビや新聞で盛んに使われるようになった新語「フィンテック(FinTech)」。IT技術を利用した新しい金融ビジネスを指す言葉である。フィンテックの保険版として「インシュアテック(InsurTech)」という言葉も広まりつつある。
 
生命保険や火災保険と並んで、自動車保険は生活者にとって身近な商品だ。自動車保険の現在と未来を例にとって、フィンテック、そしてインシュアテックが私たち生活者に及ぼす影響について、考察してみよう。
 
今、自動車保険の分野では、インシュアテックを取り入れ、ユーザーの実情やニーズに即した保険が生み出される可能性に注目が集まっている。その例として「テレマティクス自動車保険」があり、走行距離に応じて保険料が変動する「走行距離連動型保険料方式(PAYD)」と、速度、急加速、ブレーキのかけ方など運転者の運転行動を分析して保険料に反映する「運転行動連動型保険料方式(PHYD)」の2種類に分けられる。
 
 

損保業界がさらされている時代の波

 
これら新しいタイプの自動車保険は、安全運転をしていれば従来の等級制度に比べて保険料が安価になる傾向があり、「維持費が高いから」という理由で若者の自動車離れが叫ばれている現在、低所得の若年者層にとって大きな訴求ポイントだろう。保険を販売する損害保険会社にとっても、若年層の自動車保有率が増加すれば、ビジネスチャンスが拡大するはずである。
 
だが、自動車と自動車保険にまつわる世の潮流は、そう単純ではなくなってきているようだ。
 
まず、損害保険会社の利益減につながる事情が他にもある。警察庁の調査によると、交通死亡事故全体の件数は漸減しているものの、75歳以上のドライバーによる死亡事故の件数は逆に微増している。従来は「自動車の保有歴が長く、運転に慣れたドライバーほど、事故を起こす可能性が低い」という前提で保険料を低く設定してきた年齢層で事故が増加し、保険金の請求件数も増えているということだ。逆に、これまで高い保険料を徴収してきた若年者層は、自家用車を保有することへの意欲が低く、保険料を納める顧客ではなくなりつつある。昔に比べて自動車に精密部品が多用されるようになり、事故の際に補償する修理費が高額になっていることも悩みの種だ。
 
先述の通り自動車事故自体の件数は漸減しているため、業界としては、保険料率は引き下げざるを得ないだろう。実際に損害保険料率算出機構はその方向で動いていると言われている。
 
損害保険会社側も、自動車保険の収支を改善するべく奮闘している。例えば、既存の顧客を逃がさないために、1年更新が一般的な自動車保険において、最長7年の長期契約の商品を発売するという方法が出てきた。契約期間中は保険料が一定で、万一事故を起こしても保険料が上がらないといったメリットがある。
 
逆に、1日単位で利用できる自動車保険を発売する会社もある。スマホアプリ等で利用申し込みができ、1日500円という手ごろな価格で利用できることから、人気となっている。
 
 

IT時代に求められる損保業界の対応

 
IT時代の自動車が目指す1つの方向性として「自動運転車」が挙げられる。「自動運転」にはレベル1から5までの段階が設定されており、レベル5は完全な自動運転化が実現でき、システムが運転主体になるレベル、レベル2(部分的な自動運転化)やレベル1(運転の支援)は、システムは補助するだけで人間が運転の主体となるレベルだ。
 
システムに補助されながら走行することで、運転者の肉体的・精神的な疲労が軽くなることや、コンピュータによる精密な安全制御機能により、人為的なミスによる交通事故は減少していく。それだけ等級などの面で優良なドライバーや車両が多くなるのだから、損保会社の収入源である保険料は大幅にダウンする。顧客の側にも「事故が起こりにくい自動運転車に乗るのだから、任意保険は最小限でよい」という意識が生まれはじめると、損保会社としてはさらなる保険料ダウンにより顧客を納得させざるを得ない。
 
レベル4(高度な自動化)や5の、システムが運転主体となる自動運転車が事故を起こした場合、「誰が加入するどの保険が適用されるか」は、意外に複雑な問題だ。例えば、自動車や自動運転システムに瑕疵(かし)があったための事故と考えられるなら、自動車メーカーの加入するPL保険が適用される可能性がある。道路や信号などに何らかの欠陥があるケースや、第三者によるサイバー攻撃でシステムが異常をきたすといった事例まで考えられる。損保会社としては「自動車に関係して起こる損失が、ITの導入、自動運転化によって変化していく」という事実に対応しなければならないのだ。
 
 

自動車保険と損害保険業界の未来はどうなる?

 
中国では、好きな場所で乗り捨てにできる自転車シェアサービスが人気となっている。背景にあるのはフィンテックの1つである「モバイル決済」の普及だ。モバイル決済はスマホさえあれば決済ができる。クレジットカードが定着している日本でも、今後モバイル決済が普及し、「自動車も自転車と同じく公共物」という意識が広まれば、自動車保険やそれを販売する損保会社も販売戦略を変化させていくだろう。
 
例えば、既存の自動車保険について、等級制度の見直しやテレマティクス自動車保険のさらなる充実という方向で、保険制度をより便利に変えていけるかもしれない。自動車保険を窓口として顧客を呼び込み、エコブームなどで注目を集めている自転車に関する保険に誘導したり、メディアでたびたび報道されているように子どもから大人まで多額の賠償金を請求される時代が来ていることに合わせた種々の賠償責任保険を提案したりして、他の保険契約につなげる戦略もあり得る。
 
またP2P保険の誕生も、例えばSNSが日本でも当たり前となった現代には、決して夢ではない。「自動車の運転が好きで、自動運転システムに任せきりになどとてもできない、全て手動で行いたい」というこだわりを持つ人たちがP2P保険を立ち上げるケースを、プロである損害保険会社が業として援助することも考えられる。
 
現在の保険の源流は、紀元前2、3世紀ごろ地中海で貿易を行っていた商人の間で、「冒険貸借」と呼ばれる制度が誕生したことにあると言われている。相互扶助の仕組みが時代の流れを反映して、変化しながら世界へ広がっていった。損害保険の中でも、自動車保険という限られた分野に着目しただけで、長年続いてきた保険制度が、お金にまつわるテクノロジーの変化に合わせて生まれ変わろうとしていることがわかる。インシュアテックが保険業界にもたらす変化から、目が離せない。


 
(ライター 河野陽炎)
 
(2017.9.1)

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