B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

 

ヘリコプターマネーとは?

 
glay-s1top.jpg
今月21日、日銀の金融政策決定会合が行われる。6月の同会合で、金融緩和策については現状維持という方針が決定され、7月29日にはやや踏み込んで金融緩和策を強化する決定が行われた。今月の会合では、これまでの金融緩和策について、総括的な検証を行うとされており、その決定内容に注目と期待が高まる。
 
さて現在、市場の注目を集めている言葉がある。「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」だ。ヘリマネ政策とは、中央銀行が巨額のお金を生み出し、それをヘリコプターからばらまくかのように政府が国民に配る政策のことを指す。実際に「紙幣やコインを空からバラまく」わけではないが、財務省が元利払いの必要がない「無利子永久債」などの債券を発行して中央銀行に渡し、それと引き換えにお金を受け取るといった方法で、国民の手元にお金が届きやすい状況をつくるのだ。
 
国民の手に届いたお金は「将来、回収されない」ことが前提とされる。いったんばらまかれたお金が「将来、増税等の手段で回収される」となると、国民はそのお金を使わず、将来に備えて貯蓄する方向に意識が向いてしまう。しかし、将来の心配をせずに使えるお金が国民の手元に届くことで、支出が増える効果が出やすくなると言われている。
 
マネーサプライの増加という点で大きなメリットがあるように思われるヘリマネ政策だが、なぜここへ来て注目を集めているのだろうか?
 
 

バーナンキ氏の来日が与えた影響

 
2016年7月11日、ベン・バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)前議長が来日し、日銀・黒田東彦総裁や安倍晋三首相との会談を行った。英国で6月23日に行われた国民投票において、欧州連合(EU)離脱派が勝利した時から、マーケットでは円高・株安が進んでいた。だが、ヘリマネ政策の推奨者として知られるバーナンキ氏が来日したことで、「日本でヘリマネ政策が行われるのでは」という思惑が広がる。そして、一転して円安・株高が進む事態となった。
 
また6月に開かれた金融政策決定会合において、巨額の国債を買うという今の手法による金融緩和手法に、複数の政策委員が懸念を示していたことが議事要旨に記されている。そして、7月29日の同会合において、これまでの緩和策の総括的な検証を9月の会合で行うとの決定がなされたという経緯だ。この発表をきっかけに、市場では今後の金融政策への不透明感が増し、長期金利が急騰するなどの動揺が起こった。
 
 

日銀の目指す方向とは?

 
日銀・黒田総裁は、ヘリマネは「制度上、禁じられている」という主張を繰り返している。おそらく財政法5条において「国債引き受け」が禁じられていること、つまり政府が発行した国債と交換に新しく刷った紙幣を渡すという方法を使ってはならないことを、黒田総裁は主張しているのだろう。その背景には「財政・通貨の信頼性を守りたい」という中央銀行の長としての黒田総裁の思いがある。
 
本来、日本銀行には「独立性」が認められている。日本銀行法第3条1項の「金融政策の独立性」や、第5条第2項の「業務運営における自主性」は、日銀が政府の圧力に屈しなくてもよいように、設けられた条文である。政府の言うままに資金供給を行うつもりはないという姿勢を、黒田総裁は保ち続けているのだ。
 
また全国銀行協会会長である三井住友銀行頭取・国部毅氏も、7月14日の記者会見において「財政規律が失われるリスクがあるため、必ずしも好ましい政策ではないと思っている」と語っている。
 
7月29日の金融政策決定会合においては、ETFの買い入れ額を6兆円に増額する追加緩和が決定されたものの、80兆円という国債の買い入れ額やマイナス金利などは拡大されなかった。しかし、黒田総裁は現在の金融緩和政策に「限界は来ていない」と述べている。
 
8月2日、麻生太郎財務相と黒田総裁による緊急会談が行われた。市場に広がるヘリマネ政策への期待についての直接の討論はなく、財務省と日銀の思惑がまだまだかみ合っていない様子が報道されている。
 
そして日銀の岩田規久男副総裁は8月4日、 「(9月の金融政策決定会合において)金融緩和を縮小するということはありえない」「量・質・金利の3つの次元でどういう組み合わせで政策を運営すれば良いか議論する」と述べている。
 
 

この秋、日銀ヘリコプターは出動するか?

 
政府は、8月2日、「未来への投資を実現する経済対策」を公表した。事業規模28兆1000億円の経済対策を行い、いまだ成果が不十分なアベノミクスを再度活性化させ、成長率の底上げを図ることを目指す、としている。
 
振り返れば、2012年に第2次安倍内閣が発足し「アベノミクス」という言葉が注目され、それ以降も「3本の矢」「異次元緩和」「黒田バズーカ」など、様々な言葉が生み出されてきた。これらの施策が一定の成果を上げたことも事実ではあるが、いずれも短期的な成果に終わっており、単なる「言葉のブーム」のような印象すら受ける。
 
ヘリマネも、言葉としてはインパクトが強く、期待感をもって経過を見守る人も多い。しかし、日本ではまだ「現実的な施策が始まったわけではない」のだ。景気浮揚には「期待感」が必要という考えもあるが、ヘリマネ政策には黒田総裁の指摘する制度上の問題、財源の確保、金融緩和政策とのバランスなどクリアしなければならないハードルがある。
 
すでに触れたように、財政法5条は国債引き受けの禁止を定めている。そのいっぽうで、「特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」というただし書きを設け、例外も認めている。その分、今月にヘリマネ政策のGOサインが出なかったとしても、未来永劫その可能性がなくなったというわけではない点にも留意しておきたい。
 
とは言え、ヘリマネ政策が何度も行われることになれば、通貨への信認がなくなり、ハイパーインフレを引き起こすという懸念もある。
 
これまで「今度こそ有効な政策を」と期待し、新しい言葉に反応してきた国民の声に応えられるだけの施策を、政府・日銀としては打ち出す必要性に迫られている。 
 
 
 
(ライター 河野陽炎)
 
(2016.9.2)

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事