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今、“かっこいい”ビジネスパーソンとは
第2回 勘違いしない理解力


 

自分というリソースの有限性を理解し、生かす

 
 最後に、自己啓発と「仮の姿」についてお話しします。昨今は自己啓発本の大ブームで、ベストセラーの半数以上が自己啓発本だと言えるほどです。主要なものを読んでみましたが、最近の自己啓発本の多くが「ベタすぎ」です。自己啓発メソッドは1970年代に開発されたアウェアネス・トレーニングがルーツで、僕は80年頃にトレーニングを受けています。
 トレーニングには10年間ほど関わっていましたが、80年代半ばに参加者の質が激変しました。一口でいえば「ネタからベタへ」です。80年代半ばまでの参加者は、若いキャリア官僚、若い研究者、若いアーティストなど、学歴からいっても超エリート層でした。ところが、80年代半ばから参加者が普通の人たちになってくると同時に、雰囲気が変わります。
 初期にトレーニングを受けていた層は、「仮の姿」をよりよく演じられるようになることを目的としていました。「こういう状況で、こういう人間は、こう行為するべし」という「状況カテゴリー×役割カテゴリー=行為カテゴリー」的な規範の縛りから自由になるには、状況カテゴリーと役割カテゴリーを自在に付け替えられるのが、合理的だからです。
 神経言語プログラムとか、フレームとか、ストーリーとか、スクリプトなどと呼ばれる、潜在意識のフレームを書き換える作業も、「仮の姿」を演じることを邪魔する重力から自由になるためでした。ところが、80年代後半以降に入ってきた人たちは、「自分の性格を変えるため」にこうした手法を訓練するようになりました。これは圧倒的にバカげています。
 潜在意識のフレームを書き換える程度のことで人間の「性格」が変わるはずがありません。単に「性格」を含めたリソースの使い方が変わるだけです。遺伝子型ではなく表現型が変わるだけです。わかりやすくいうと、自信がつくことと、性格が変わることとの間には、何の関係もありません。あまりのバカバカしさに僕は一挙にトレーニングから遠ざかります。
 ビジネスマンにとっての仕事や、芸術家にとってのパフォーマンスは、本来「仮の姿」で行うものです。多少はズレますが、平時のフレームではなく、非常時のフレームと言ってもいいでしょう。非常時におけるパフォーマンスを極限まであげるために、平時のリソースをどのように組み替えるかです。これがアウェアネス・トレーニングの本来の主題です。
 だからこそアウェアネス(気付き)の訓練と呼ばれるのです。社会学では再帰性と呼びますが、意識的に選択できるものの領域を拡げる訓練なのです。それが日本ではなぜか「人格改造」や「自己改造」として受け入れられてしまった。劣等感をもつ人々を相手にしたマーケティング戦略があったのでしょうが、実際、劣等感をもつ人ばかり来るようになります。
 僕はこうした変化に吐き気を催したのを覚えています。それを正直に表明したことで各所でトラブルが生じました。こうした頽落が20年以上前から始まっています。はっきり言います。「自分を変えよう」などバカなことは考えるな。人間の中身は変えられない。限られたリソースをどう組み合わせればより有効なアウトプットができるかだけを考えよ。
 ただし、これから申し上げることが最大限に重要です。「有効」と言いましたが、何にとって「有効」なのでしょうか。会社にとって有効? 稼ぎにとって有効? それもいいでしょう。問題は、仕事や稼ぎにとって有効であることが、終局、何にとって有効であることを意味するのかです。答えは「本当の幸い」に決まっています。
 「本当の幸い」にとって、仕事は、会社は、稼ぎは、小さなことです。そう思えた瞬間、皆さんは、仕事でも、会社でも、稼ぎの場でも、「仮の姿」を有効に演じられるようになります。そして、そのようなビジネスパーソンだけが、周囲にミメーシスを引き起こす “かっこいい” 存在になり、あくまで結果において、仕事でも会社でも稼ぎでも成功するのです。
 
 
 
 
 
 
 

 執筆者プロフィール 

宮台真司 Shinji Miyadai

首都大学東京教授 社会学博士

  経  歴  

1959年3月3日、宮城県仙台市生まれ。私立の名門、麻布中・高校卒業後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。社会学博士。大学院在学中からサブカルライターとして活躍し、女子高生のブルセラや援助交際の実態を取り上げ、90年代に入るとメディアにもたびたび登場、行動する論客として脚光を浴びた。その後は国内の新聞雑誌やテレビに接触せず、インターネット動画番組「マル激トーク・オン・デマンド」や個人ブログ「ミヤダイ・ドットコム」など自らの媒体を通じて社会に発信を続ける。著書は『日本の難点』(幻冬舎新書)、『14歳からの社会学』(世界文化社)、『〈世界〉はそもそもデタラメである』(メディアファクトリー)など多数ある。

 

 

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